1 / 6
第一章 転生と巫女候補
しおりを挟む
目の前の光景は、あまりにも非現実的で、瞬きをするたびに夢ではないかと疑いました。
石畳の天井は冷たく硬く、窓から差し込む光はステンドグラスを通って、床にカラフルな紋様を描いています。
ついさっきまで騒がしかった日本の雑踏は幻だったかのように、耳に届くのは、微かに響く香の匂いと、どこか遠い鐘の音だけ。
「……え、ちょっと待って。これ、もしかして……異世界転生ってやつですか?」
呟いた声は、自分のものとは思えないほど落ち着いていました。
身を起こすと、ひらりと広がったのは、灰色の修道服のような地味な衣。肩には、薄い藍色のケープがふわりとかかっています。
見慣れたはずの高校の制服はどこにもなく、代わりに身につけているのは、まるでゲームのキャラクターが着るような、どこか懐かしくて幻想的な装束でした。
混乱する頭を整理しようと深呼吸を一つ。
「……わたしの、名前は……」
そう口に出そうとした瞬間、心臓が凍りつくような感覚に襲われました。
「ミモレ……?」
そこにいたのは、日本の平凡な女子高生ではなく、かつてプレイした乙女ゲームの「地味で影の薄い巫女候補」という、モブキャラクターそのものでした。
そう、ここはわたしが唯一かじったことのある乙女ゲーム――『風の王国~精霊の巫女伝説~』の世界。
ヒロインである美少女巫女候補と、攻略対象の王子や騎士に囲まれ、古代の精霊と契約して世界を救う、壮大な恋愛ファンタジー……のはず。
でも、わたしが転生したのは、その輝かしい物語の主役ではなく、背景に溶け込むようなモブキャラ。
確か、わたしのエンディングは「補佐役として地味に神殿で働き続け、やがてモブNPCに溶け込む」という、あまりにも地味なものでした。
(いやいや、ありがたい。脇役で結構です。激しい恋愛イベントも修羅場もいりません。のんびり働いて、平和に暮らせるなんて最高じゃないですか!)
そう心に誓ったものの、現実はそう甘くはありませんでした。
王都の神殿での修行が始まると、わたしの隣に立つもう一人の巫女候補、カナリア公爵令嬢のあまりの煌びやかさに、わたしの心は瞬く間に打ち砕かれました。
陽光を閉じ込めたような金色の髪。優雅な曲線を描く背筋。微笑みひとつで、大広間全体を支配するような、まばゆいオーラ。
「ふふ……皆さま、精霊のご加護のもと、わたくし、全力を尽くしますわ」
そのひと言に、神殿の老僧すらも心を奪われ、「素晴らしい」と感嘆の声を漏らしていました。
(いやいや。これ、ヒロイン枠ですよね? わたしの立場、空気すら怪しい……!)
こうして始まった巫女候補の日々。わたしはといえば、華やかに注目を集めるカナリアさまとは対照的に、図書館で古文書を整理したり、掃除をしたりと地道な職務をこなすばかり。ますます影が薄くなっていくのが、何とも切なかったのです。
そんなある日のこと。わたしは図書館で、高所の棚にある本を取ろうと、梯子を上っていました。
うっかり手が滑り、重厚な羊皮紙が手のひらからこぼれ落ちそうになった、その時です。
「――危ない!」
低いけれど、どこか穏やかな声が響き、同時に、しなやかな指が伸びてきました。
慌てて身をひねったわたしに差し伸べられた、すっと整った手が、頭上から滑り落ちようとする羊皮紙を、危なげなく受け止めてくれたのです。
「大丈夫? 怪我はしていませんか」
顔を上げると、そこには、吸い込まれそうなほど深い青い瞳と、穏やかな微笑みがありました。
石畳の天井は冷たく硬く、窓から差し込む光はステンドグラスを通って、床にカラフルな紋様を描いています。
ついさっきまで騒がしかった日本の雑踏は幻だったかのように、耳に届くのは、微かに響く香の匂いと、どこか遠い鐘の音だけ。
「……え、ちょっと待って。これ、もしかして……異世界転生ってやつですか?」
呟いた声は、自分のものとは思えないほど落ち着いていました。
身を起こすと、ひらりと広がったのは、灰色の修道服のような地味な衣。肩には、薄い藍色のケープがふわりとかかっています。
見慣れたはずの高校の制服はどこにもなく、代わりに身につけているのは、まるでゲームのキャラクターが着るような、どこか懐かしくて幻想的な装束でした。
混乱する頭を整理しようと深呼吸を一つ。
「……わたしの、名前は……」
そう口に出そうとした瞬間、心臓が凍りつくような感覚に襲われました。
「ミモレ……?」
そこにいたのは、日本の平凡な女子高生ではなく、かつてプレイした乙女ゲームの「地味で影の薄い巫女候補」という、モブキャラクターそのものでした。
そう、ここはわたしが唯一かじったことのある乙女ゲーム――『風の王国~精霊の巫女伝説~』の世界。
ヒロインである美少女巫女候補と、攻略対象の王子や騎士に囲まれ、古代の精霊と契約して世界を救う、壮大な恋愛ファンタジー……のはず。
でも、わたしが転生したのは、その輝かしい物語の主役ではなく、背景に溶け込むようなモブキャラ。
確か、わたしのエンディングは「補佐役として地味に神殿で働き続け、やがてモブNPCに溶け込む」という、あまりにも地味なものでした。
(いやいや、ありがたい。脇役で結構です。激しい恋愛イベントも修羅場もいりません。のんびり働いて、平和に暮らせるなんて最高じゃないですか!)
そう心に誓ったものの、現実はそう甘くはありませんでした。
王都の神殿での修行が始まると、わたしの隣に立つもう一人の巫女候補、カナリア公爵令嬢のあまりの煌びやかさに、わたしの心は瞬く間に打ち砕かれました。
陽光を閉じ込めたような金色の髪。優雅な曲線を描く背筋。微笑みひとつで、大広間全体を支配するような、まばゆいオーラ。
「ふふ……皆さま、精霊のご加護のもと、わたくし、全力を尽くしますわ」
そのひと言に、神殿の老僧すらも心を奪われ、「素晴らしい」と感嘆の声を漏らしていました。
(いやいや。これ、ヒロイン枠ですよね? わたしの立場、空気すら怪しい……!)
こうして始まった巫女候補の日々。わたしはといえば、華やかに注目を集めるカナリアさまとは対照的に、図書館で古文書を整理したり、掃除をしたりと地道な職務をこなすばかり。ますます影が薄くなっていくのが、何とも切なかったのです。
そんなある日のこと。わたしは図書館で、高所の棚にある本を取ろうと、梯子を上っていました。
うっかり手が滑り、重厚な羊皮紙が手のひらからこぼれ落ちそうになった、その時です。
「――危ない!」
低いけれど、どこか穏やかな声が響き、同時に、しなやかな指が伸びてきました。
慌てて身をひねったわたしに差し伸べられた、すっと整った手が、頭上から滑り落ちようとする羊皮紙を、危なげなく受け止めてくれたのです。
「大丈夫? 怪我はしていませんか」
顔を上げると、そこには、吸い込まれそうなほど深い青い瞳と、穏やかな微笑みがありました。
1
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます
さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。
パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。
そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。
そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。
貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。
ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。
令息令嬢の社交場。
顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。
それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。
王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。
家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。
ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。
静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。
そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。
「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」
互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。
しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて――
「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」
偽装婚約、だよな……?
※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※
※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる