【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい

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【第6章】 社交界デビュー

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 王宮の大広間に足を踏み入れた瞬間、わたしは思わず息を呑みました。

 天井には無数の水晶灯が輝き、壁には繊細な金細工が施され、磨き上げられた大理石の床には、色とりどりのドレスが映り込んでいます。  
 王国最大の社交の場――“春の夜会”。  
 その華やかさは、旅の途中で見てきたどんな宴よりも眩しく、圧倒的でした。

(……ここに、ルシアンさまと一緒に立つのですね)

 胸の奥が、またどくんと跳ねました。

 わたしの隣には、黒髪の青年――ルシアン・クロードさまが立っておられます。  
 深い夜の色を思わせる髪は、灯りを受けて青く揺れ、伏せられた睫毛の影が頬に落ちています。

 その姿は、まるで絵画の中の人物のようで――。

(……今日も、顔が良すぎます)

 わたしが内心で悶えていると、ルシアンさまはわずかに視線を落とし、囁くように言われました。

「……アリアさま。緊張しておられますか」

「い、いえ……少しだけ、です」

「俺もです」

「えっ……?」

 思わず聞き返してしまいました。

 夜の街の帝王と呼ばれ、女遊びも賭博も噂される彼が――緊張、ですか?

 ルシアンさまは、わずかに苦笑されました。

「俺は……こういう場が、あまり得意ではありません。噂ばかりが先行して、どこへ行っても好奇の目で見られますから」

 その言葉に、胸が痛みました。

(……そんなふうに言わないでください)

 わたしが何か言おうとしたその時――。

「まあ……あれが、あの“どクズ伯爵子息”よ」

「英雄さまが、よりによってあんな男を……」

「顔だけはいいけれど、中身は空っぽだって有名よ?」

 ひそひそとした声が、わたしたちのすぐ近くから聞こえてきました。

 わたしは思わず振り返りましたが、声の主たちはすぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように談笑を続けています。

(……なんて失礼な)

 胸の奥が、じわりと熱くなりました。

 けれど、ルシアンさまは――。

「……慣れていますから」

 そう言って、微笑まれました。

 その笑みは、どこか痛々しくて。  
 わたしは思わず、彼の袖をそっとつまみました。

「アリアさま……?」

「わたしは、あなたを恥じたりしません」

 ルシアンさまの瞳が、驚いたように揺れました。

「あなたは……とても素敵な方です。わたしは、あなたの隣に立てて誇らしいです」

「…………」

 ルシアンさまは、しばらく言葉を失われたようでした。

 そして――。

 そっと、わたしの手を取られたのです。

「……ありがとうございます。アリアさま」

 その声は、震えていました。

 胸の奥が、じんわりと熱くなります。

(……どうしましょう)

 わたしはただ、顔が好きなだけだったはずなのに。  
 その弱さに触れるたび、心が深く揺れてしまうのです。

 そんなわたしたちの様子を、遠くからじっと見つめる視線がありました。

 振り返ると、そこには――。

 金髪の青年。  
 整った顔立ちに、冷たい笑み。

 ルシアンさまの弟、エリオット・クロードさまが立っておられました。

(……あの方が)

 彼はわたしたちに近づくと、丁寧に礼をしました。

「初めまして、アリアさま。兄がお世話になっております」

 その声音は礼儀正しいのに、どこか刺々しさを含んでいました。

「エリオット……」

 ルシアンさまが低く呟きます。

 エリオットさまは、にこりと微笑みました。

「兄上。まさか、あなたが夜会に出席されるとは思いませんでした。……ずいぶんと、評判が広がっておりますよ?」

「…………」

 ルシアンさまの肩が、わずかに強張りました。

 わたしは思わず、彼の手を握り返しました。

「エリオットさま。噂など、気にする必要はありません」

 わたしがそう言うと、エリオットさまは一瞬だけ目を細めました。

「……なるほど。英雄さまは、兄上の味方をされるのですね」

 その声音には、明らかな敵意が混じっていました。

(……この方、危険ですね)

 胸の奥に、冷たいものが落ちました。
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