【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい

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【第8章】 ルシアンの過去

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 その日、王宮の空はどこか重たく曇っていました。  
 春の柔らかな陽光が差し込むはずの中庭も、薄い雲に覆われて、どこか寂しげに見えます。

 わたしは、離宮の小さな応接室で、静かに紅茶を口にしていました。  
 けれど、味はほとんどわかりません。

(……ルシアンさまの様子が、明らかにおかしい)

 エリオットさまと廊下で言葉を交わしたあの日から、ルシアンさまはどこか沈んでおられました。  
 わたしの前では笑顔を見せてくださいますが、その笑みはどこか薄く、影が差しているように見えます。

 わたしが声をかけても、

「大丈夫です、アリアさま」

 と、優しく微笑まれるだけ。

(……大丈夫なはずがない)

 わたしは、そっとカップを置きました。

 その時、扉が静かにノックされました。

「アリアさま。ルシアン・クロードさまがお越しです」

 侍女の声に、胸が跳ねました。

「お通しして」

 扉が開き、黒髪の青年が姿を現しました。

 深い夜の色を思わせる髪。  
 伏せられた睫毛の影。  
 そして、どこか痛みを宿した瞳。

 その姿を見た瞬間、胸が締めつけられました。

「……アリアさま。少し、お話ししてもよろしいでしょうか」

「もちろんです。どうぞ、お座りください」

 ルシアンさまは静かに腰を下ろされました。  
 けれど、いつものように軽口を叩くこともなく、ただ黙って俯いておられます。

(……やはり、何かあったのね)

 わたしはそっと、彼の手に触れました。

「ルシアンさま。何があったのですか」

 ルシアンさまは、わずかに肩を震わせました。

 そして――。

「……アリアさま。俺は……あなたに、話しておかなければならないことがあります」

 その声は、かすかに震えていました。

 わたしは静かにうなずきました。

「わたしは、何があってもあなたを嫌ったりしません。どうか……お話しください」

 ルシアンさまは、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開かれました。

「俺の母は……父の愛人でした」

 その言葉は、静かに、しかし重く落ちてきました。

「父は……俺の存在を、ずっと“なかったこと”にしたがっていました。  
 屋敷の奥に閉じ込められ、外に出ることも許されず……  
 母が亡くなってからは、さらに扱いはひどくなりました」

 わたしは息を呑みました。

(……そんな過去が)

 ルシアンさまは、苦笑のような、泣き笑いのような表情を浮かべました。

「だから……俺は、笑うことを覚えたのです。  
 笑っていれば、誰かが優しくしてくれるかもしれない。  
 笑っていれば、捨てられずに済むかもしれない。  
 ……そんなふうに、思っていました」

 胸が痛くて、息が詰まりそうでした。

 ルシアンさまは、わたしの手をそっと握りました。

「アリアさま。俺は……あなたに甘い言葉をかけることしかできません。  
 それしか、生きる術を知らないんです」

「…………」

「だから……あなたが俺を選んでくださった時、嬉しかったのに……怖かったのです。  
 いつか、あなたも俺を捨てるのではないかと」

 その声は、震えていました。

 わたしは、そっと彼の頬に触れました。

「ルシアンさま。わたしは……あなたを捨てたりしません」

 ルシアンさまの瞳が、大きく揺れました。

「アリアさま……」

「あなたがどんな過去を持っていても、わたし……あなたを信じていますから」

 ルシアンさまは、しばらく言葉を失われたようでした。

 そして――。

 そっと、わたしの手を握りしめました。

「……ありがとうございます。アリアさま。  
 あなたは……俺には、眩しすぎる」

 その囁きは、胸の奥に深く染み込みました。
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