【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい

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【第9章】“顔”だけなのに

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 春の風がやわらかく吹き抜けるはずの王宮の庭は、どこか冷たく感じられました。  
 花々は鮮やかに咲き誇っているのに、わたしの胸の奥には、薄い霧がかかったような重さが残っています。

(……ルシアンさまの様子が、やはりおかしい)

 彼の過去を聞いたあの日から、ルシアンさまはどこか距離を置くようになりました。  
 わたしの前では笑顔を見せてくださいますが、その笑みはどこか薄く、触れれば壊れてしまいそうな儚さを帯びています。

 わたしが声をかけても、

「大丈夫です、アリアさま」

 と、優しく微笑まれるだけ。

(……大丈夫なはずがないわ)

 わたしは、離宮の廊下を歩きながら、胸の奥に沈む不安を抱え続けていました。

 そんな時――。

「アリアさま」

 背後から呼び止められ、振り返ると、ルシアンさまが立っておられました。

 黒髪はいつもより少し乱れ、瞳には疲れが滲んでいます。  
 その姿を見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられました。

「ルシアンさま……お疲れではありませんか?」

「いえ……少し、考え事をしていただけです」

 そう言って微笑まれましたが、その笑みはやはりどこか寂しげでした。

(……どうして、そんな顔をするのですか)

 わたしはそっと、彼の袖をつまみました。

「ルシアンさま。何か……わたしに隠していることはありません?」

 ルシアンさまは、わずかに目を伏せました。

「アリアさま。あなたは……優しすぎます」

「……え?」

「俺のような男に、そんなふうに心を砕く必要はありませんよ」

 その言葉は、まるで自分を遠ざけるための壁のようでした。

「どうして、そんなことを……」

「俺は……あなたを傷つけたくないのです」

 ルシアンさまは、わたしの手をそっと取られました。  
 その指先は、驚くほど冷たくて。

「あなたは……俺には眩しすぎる。  
 あなたの隣に立つ資格なんて、本当はないんです」

「そんなこと……ありませんわ!」

 思わず声が震えました。

「わたしは、あなたと一緒にいたいの。  
 あなたがどんな過去を持っていても、わたしはね――」

「アリアさま」

 ルシアンさまは、わたしの言葉を遮るように、そっと微笑まれました。

 その笑みは、痛いほど優しくて。  
 まるで、別れを告げる前のような――そんな予感が胸を刺しました。

「あなたは……俺を選んでくださった。  
 でも、それは“顔”だけでしょう?」

「…………」

 胸が、ずきりと痛みました。

(……わたしが、彼を傷つけている?)

 そんな思いが、胸の奥に広がっていきます。

 わたしが言葉を探していると――。

「アリアさま。あなたは……もっとふさわしい方がいるはずですよ」

「そんなことは……!」

「俺は……あなたを幸せにできる自信がないんです」

 その言葉は、静かに、しかし確実にわたしの胸に突き刺さりました。

(……どうして、そんなふうに言うの)

 わたしは、そっと彼の手を握り返しました。

「ルシアンさま。だから、わたしは――」

 その時でした。

「アリアさま。お探ししておりました」

 侍女が駆け寄ってきました。

「国王陛下がお呼びです。至急、謁見の間へ」

「わ……わかりました」

 わたしはルシアンさまを見つめました。

「また……後で、お話ししましょうね」

「……はい」

 ルシアンさまは微笑まれましたが、その瞳はどこか遠くを見ているようでした。

(……どうして、こんなにも遠く感じるのかな)

 胸の奥に、冷たい霧が広がっていきます。
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