2 / 5
(2)
しおりを挟む
それから、わたしは子爵様の屋敷の離れに泊まりながら、朝から日暮れまで、広い庭園の手入れをしました。
剪定されてこなかった草木は伸び放題になっていました。雑草は生えに生え、せっかく植えてあった、かつての季節の花々を痛め、あるいは枯らしてしまっていました。
それでも、わたしは帽子を被り、強い陽射しの中、汗をかきながら、せっせと草の根を抜き、枝を剪定ばさみやノコギリなどで刈り込んでいったのです。
ハリエットさんは、感じはよくないし、ぶっきらぼうな態度なのは変わらずです。
でも、管理人のベンさんや、家畜の世話役のアルベルトさんを紹介してくれましたし、ふたりはとても気のよいおじいさまなので、いっしょに荷物を運んでくれたり、焼却してくれたり、とても助かりました。
子爵様は自宅から外には出ずに、ピアノを弾いたり、リビングで物書きをしたりして、過ごしています。
いつも傍らには酒瓶は欠かせないようです。
不思議ですが、屋敷内には貴族の邸宅には珍しく、絵画などは一切ありませんし、使用人も広さのわりに最低限しかおらず、客人もなく、静まりかえっています。
毎晩は必ず子爵様と、夕食をすることが日課となりました。
食堂には立派な2メートルもありそうな長テーブルが置かれていましたが、ふたりしかいないので、子爵さまは暖炉近くに丸いテーブルを置いて、向かい合って食事をしました。
彼は決して、わたしを平民としてではなく、一人の令嬢として扱ってくださいます。
ハリエットさんに給仕をさせず、子爵みずから椅子を引き、食事を取り分けることもあります。二人でいるとき、彼は使用人を極力、入れないようでした。
その時間を、子爵さまは大切になさっている、わたしにはそう思いました。
「マチルダさん、調子はどうですか?」
子爵はいつも穏やかにわたしに進捗をききました。
「順調です。ただ手入れがされてなかっただけのようですわ。綺麗に磨けば、美しいお庭になりそうです。そもそも、お庭をお造りになったのは、どなたなのですか?」
子爵の料理を口に運ぶ手が止まりました。
長い沈黙でした。
それは1分くらいだったはずですが、それはずいぶんと長く感じられました。
きいてはいけない質問だったようです。子爵様は質問を聞き忘れたような素振りで、言いました。
「それで。マチルダさんは庭をどのようにしたいとお考えです?」
「まだ分かりません。ですが、お庭にはその土地や風土や、そこに暮らしている想いが反映されるものですから。それを壊さないよう心がけますわ」
「なるほど。でも、それを壊すのも忘却してしまうのも、アリなのではないかな? 創造は破壊から生まれます。お酒は、悪夢を忘れさせてくれる鎮痛剤ですよ」
子爵は、快活な口調でこたえました。
わたしは首をひねりました。
「子爵さまは、この立派なお庭を壊してしまいたいのですか?」
子爵様は返答しませんでした。
子爵様には、何か複雑なものを抱えていると、わたしは思いました。
剪定されてこなかった草木は伸び放題になっていました。雑草は生えに生え、せっかく植えてあった、かつての季節の花々を痛め、あるいは枯らしてしまっていました。
それでも、わたしは帽子を被り、強い陽射しの中、汗をかきながら、せっせと草の根を抜き、枝を剪定ばさみやノコギリなどで刈り込んでいったのです。
ハリエットさんは、感じはよくないし、ぶっきらぼうな態度なのは変わらずです。
でも、管理人のベンさんや、家畜の世話役のアルベルトさんを紹介してくれましたし、ふたりはとても気のよいおじいさまなので、いっしょに荷物を運んでくれたり、焼却してくれたり、とても助かりました。
子爵様は自宅から外には出ずに、ピアノを弾いたり、リビングで物書きをしたりして、過ごしています。
いつも傍らには酒瓶は欠かせないようです。
不思議ですが、屋敷内には貴族の邸宅には珍しく、絵画などは一切ありませんし、使用人も広さのわりに最低限しかおらず、客人もなく、静まりかえっています。
毎晩は必ず子爵様と、夕食をすることが日課となりました。
食堂には立派な2メートルもありそうな長テーブルが置かれていましたが、ふたりしかいないので、子爵さまは暖炉近くに丸いテーブルを置いて、向かい合って食事をしました。
彼は決して、わたしを平民としてではなく、一人の令嬢として扱ってくださいます。
ハリエットさんに給仕をさせず、子爵みずから椅子を引き、食事を取り分けることもあります。二人でいるとき、彼は使用人を極力、入れないようでした。
その時間を、子爵さまは大切になさっている、わたしにはそう思いました。
「マチルダさん、調子はどうですか?」
子爵はいつも穏やかにわたしに進捗をききました。
「順調です。ただ手入れがされてなかっただけのようですわ。綺麗に磨けば、美しいお庭になりそうです。そもそも、お庭をお造りになったのは、どなたなのですか?」
子爵の料理を口に運ぶ手が止まりました。
長い沈黙でした。
それは1分くらいだったはずですが、それはずいぶんと長く感じられました。
きいてはいけない質問だったようです。子爵様は質問を聞き忘れたような素振りで、言いました。
「それで。マチルダさんは庭をどのようにしたいとお考えです?」
「まだ分かりません。ですが、お庭にはその土地や風土や、そこに暮らしている想いが反映されるものですから。それを壊さないよう心がけますわ」
「なるほど。でも、それを壊すのも忘却してしまうのも、アリなのではないかな? 創造は破壊から生まれます。お酒は、悪夢を忘れさせてくれる鎮痛剤ですよ」
子爵は、快活な口調でこたえました。
わたしは首をひねりました。
「子爵さまは、この立派なお庭を壊してしまいたいのですか?」
子爵様は返答しませんでした。
子爵様には、何か複雑なものを抱えていると、わたしは思いました。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる