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6日が過ぎて、だいぶ庭の輪郭が見えてきた頃です。
その日は朝から天気が優れず、しとしとと、雨が降っていました。それでも、わたしは傘も差さずに作業を続けていました。
「調子はどうですか」
子爵様が傘を差して、わたしを雨からかばうように、かたわらに立っていました。
「順調です。ほら、ご覧ください。可愛らしい置物が見つかりました。ウサギやカメ、キツネに、森の妖精まで!」
わたしは、茂みから、陶器でできたウサギの像を掲げて見せました。
けれども、見おろしている子爵様の顔は、歪んで見えました。
あんな悲しい表情は、お父様がなくなった時にお母様が見せたものと同じです。
「そんなものは、捨ててしまえばいいのでは?」
子爵様は言い放つと、わたしの横にかがみ込み、二の腕にふれました。
「風邪をひきますよ。今日は仕事は切り上げたらいかがですか」
「結構です! わたし、逃げませんから!」
わたしは、子爵様の手を振りほどき、ウサギの人形を胸に抱きました。
子爵様を睨んでいたかもしれません。ウサギをかばうように、わたしは子爵様を見あげていました。
「そうですか。では好きになさい」
子爵様は冷たく言い放ち、その場を離れていきました。
わたしも意固地になって、何だか、無我夢中で茂みを探り続けました。
(あれ……)
背中に羽根のついた妖精の石像の足下に、泥だらけの鉄の容器が出てきました。
さび付いていましたが、丁寧な花模様が刻まれているのが分かりました。絶対に捨ててはいけないものだと、わたしは確信しました。
***
翌日、わたしは高い熱にうなされていました。
背筋がガンガンとつんのめるような阿寒が、わたしの体をもてあそびます。
うなされる中で、わたしはこれまでの最悪の日々を思い起こしていました。
お父様がいなくなって、男爵家でなくなった途端、あんなに親しくしていた婚約者や、友人たちが面白く去っていきました。笑ってしまうほどの寂しさ、悲しさといったら、なかったのです。
涙一滴も出てこない、それが不幸ってことなのでしょう。
これまで仕事を共にしていた職人たちは、棟梁であるお父様がいなくなり、皆がいなくなりました。
都の自宅は地代が払えなくなり、泣く泣く手放し、小さな借家暮らしをしています。
お母様はけなげに振る舞っているけれど、心の中にはポッカリとした穴があるはずです。
わたしがお父様から見よう見まねで教わった庭師としての仕事で、何とか生活費が稼げればと、思ったのですが、もう、ダメなようです。
「調子はどうですか」
ぼんやりとした視界から、子爵様がわたしの額を、湿った布で拭いています。
わたしの横に、子爵様は膝をついて見守っています。
「ダメです。風邪がうつります。……なぜ、逃げなかったんですか。皆、去ってしまったんですよ……」
わたしはうなされていました。
「逃げません。わたしはあなたが必要です。だから、早く風邪をなおして、元気にならないと。何か柔らかいものをハリエットさんに持ってこさせます」
「だめ、だめですよ。やっばり離れないで。お願いよ……」
子爵が立ち上がろうとした膝を、わたしはまるで幼子のようにしがみつき、首を振りました。
意識が曖昧なのですが、とにかく必死だったようです。
子爵様はなだめるように、わたしの肩を抱き、「そばにします。約束します」と耳もとでおっしゃいました。
「ありがとう……」
それから、わたしは子爵様の顔を見てから、安堵して瞼を閉じたのでした。
その日は朝から天気が優れず、しとしとと、雨が降っていました。それでも、わたしは傘も差さずに作業を続けていました。
「調子はどうですか」
子爵様が傘を差して、わたしを雨からかばうように、かたわらに立っていました。
「順調です。ほら、ご覧ください。可愛らしい置物が見つかりました。ウサギやカメ、キツネに、森の妖精まで!」
わたしは、茂みから、陶器でできたウサギの像を掲げて見せました。
けれども、見おろしている子爵様の顔は、歪んで見えました。
あんな悲しい表情は、お父様がなくなった時にお母様が見せたものと同じです。
「そんなものは、捨ててしまえばいいのでは?」
子爵様は言い放つと、わたしの横にかがみ込み、二の腕にふれました。
「風邪をひきますよ。今日は仕事は切り上げたらいかがですか」
「結構です! わたし、逃げませんから!」
わたしは、子爵様の手を振りほどき、ウサギの人形を胸に抱きました。
子爵様を睨んでいたかもしれません。ウサギをかばうように、わたしは子爵様を見あげていました。
「そうですか。では好きになさい」
子爵様は冷たく言い放ち、その場を離れていきました。
わたしも意固地になって、何だか、無我夢中で茂みを探り続けました。
(あれ……)
背中に羽根のついた妖精の石像の足下に、泥だらけの鉄の容器が出てきました。
さび付いていましたが、丁寧な花模様が刻まれているのが分かりました。絶対に捨ててはいけないものだと、わたしは確信しました。
***
翌日、わたしは高い熱にうなされていました。
背筋がガンガンとつんのめるような阿寒が、わたしの体をもてあそびます。
うなされる中で、わたしはこれまでの最悪の日々を思い起こしていました。
お父様がいなくなって、男爵家でなくなった途端、あんなに親しくしていた婚約者や、友人たちが面白く去っていきました。笑ってしまうほどの寂しさ、悲しさといったら、なかったのです。
涙一滴も出てこない、それが不幸ってことなのでしょう。
これまで仕事を共にしていた職人たちは、棟梁であるお父様がいなくなり、皆がいなくなりました。
都の自宅は地代が払えなくなり、泣く泣く手放し、小さな借家暮らしをしています。
お母様はけなげに振る舞っているけれど、心の中にはポッカリとした穴があるはずです。
わたしがお父様から見よう見まねで教わった庭師としての仕事で、何とか生活費が稼げればと、思ったのですが、もう、ダメなようです。
「調子はどうですか」
ぼんやりとした視界から、子爵様がわたしの額を、湿った布で拭いています。
わたしの横に、子爵様は膝をついて見守っています。
「ダメです。風邪がうつります。……なぜ、逃げなかったんですか。皆、去ってしまったんですよ……」
わたしはうなされていました。
「逃げません。わたしはあなたが必要です。だから、早く風邪をなおして、元気にならないと。何か柔らかいものをハリエットさんに持ってこさせます」
「だめ、だめですよ。やっばり離れないで。お願いよ……」
子爵が立ち上がろうとした膝を、わたしはまるで幼子のようにしがみつき、首を振りました。
意識が曖昧なのですが、とにかく必死だったようです。
子爵様はなだめるように、わたしの肩を抱き、「そばにします。約束します」と耳もとでおっしゃいました。
「ありがとう……」
それから、わたしは子爵様の顔を見てから、安堵して瞼を閉じたのでした。
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