【完結】元男爵令嬢と荒れた庭園の子爵様

朝日みらい

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 お披露目の当日です。

 国王様の近衛兵の騎馬隊に守られながら、外国の要人(国王様のお妃と幼い王子様)が立派な馬車で、子爵様の屋敷に到着されたのは、夕刻になった頃でした。

 お供として、ワイルダー公爵様(ベンのお父上)が控えておられます。

 ベンはいませんでした。気まずくなるのを、彼なりに気遣ったのでしょう。

 子爵様とわたしは丁寧にご一行をお出迎えして、お庭が一望できるベランダにお連れいたしました。

 午前中に、国王様の大規模な幾何学模様のご立派なお庭を拝見された後に、今度は子爵様の小さなお庭を見ることになったのですが、お妃と王子様はそのお庭を見た途端、

「なんて心根が落ち着くのでしょう……」

と、深い感銘の吐息を漏らされ、膝を折ってしばしまどろみ見入っておられました。

 庭には裏の野山から採取した草花を植えてあり、湧き水を引き込んだ池には小魚が泳ぎ、透き通るような水面にアメンボが楽しそうに波紋を広げながら、遊んでいるのです。

 そこには、葉っぱで編んだ小さな小舟を浮かしています。それは、かつてシャーロッテ様がよくこうして子爵様と戯れてらしたことをお聞きして、わたしが再現したものでした。

 湧き水の染み出て流れて行く、その水音を楽しめるように、小さな滝をつくったのは、子爵様とわたしのアイデアです。

 滝のしぶきが小さな水たまりをつくり、その周りを妖精の石像や他の動物たちが集まっているように演出しました。

「ぼく、遊びたい!」 

 小さな3歳におなりの王子様はそうおっしゃって、わたしの手をおとりになり、小さな池で、無邪気に葉っぱの小舟をお造りになられました。

 お妃様も上機嫌になり、ハリエットさんの豪勢な夕食も大満足だったようです。

 そう、わたしは夕食会には参加しなかったのです。

 そっと自分の客室で身支度を調えて、屋敷の門をくぐっていたのです。

 今しかないのです。

 わたしの気持ちが子爵様から離れない、離れたくないと思い焦がれるほど、物理的に距離をつくるしか、策はありませんでした。

 昨夜の晩、仕事の報酬の銀貨5枚をいただいておきました。

 納品が終わった今、全ての仕事は終わったのです。子爵様とつなぎとめる糸はもうないのですから。


 すでに日は沈み、辺りは暗くなっていました。

 最後の都行きの乗合馬車が来ることを、わたしは事前に調べてありました。

 乗り場の小さなベンチに腰かけていますと、せわしなくこちらに向かってくる、チラチラと輝きを放つ手提げランプと、足音がしました。

 子爵様がお一人で、わたしに向かって息せき切って駆け寄ってこられます。

 わたしはわずかに会釈したあと、顔をそむけます。

「マチルダさん、なぜ、勝手にお帰りになったんです?」 
 
 わたしは嬉しいと言う気持ちを顔に浮き出ぬよう、それを何とか押し殺そうと平然としていました。

「勝手ではありませんわ。わたしは仕事を終えました」

「違います。まだ、宴席は終わっていません。それに、」
 
 子爵様は、ベンチに並んで腰をおろしました。

「それにまだ、これからさきの庭の手入れの話がまだですよ」

「お手入れなら、ご自身でなさればいいのですよ。それか、専属の庭師をお雇いくださいませ」

「庭師をたのむなら、あなたしかいない」

「申し訳ないです。わたしは特定の、専属の庭師になるつもりはないんです」

 わたしは頑なに、子爵様の方を見ないようにしていました。

「なぜ、わたしから逃げるんです」

「逃げてなんか……」

「ならこっちをちゃんと見てください」

 子爵様は、わたしの下顎に手を添えて、ご自身の顔に引き寄せて、

 「もう離れないでください」と、わたしの手を取りながら、そっと唇を奪いました。

 抵抗しませんでした。しばらく続いた口づけの後で、わたしは告げました。

「わたしはただの平民です。釣り合いがとれません」

「それは、残念ながら、わたしにはどうでもいい話なんです。あなたはあなたでしかない。そんなありのままのあなたを、わたしは愛し続けます」

「ダメですわ。家に帰らないとお母様が……」

 感情は素直なものです。

 一滴の涙がわたしの頬を伝って落ちたようです。

 乗合馬車がやってきました。

 なぜか乗り損ねたわたしは、子爵様の肩に身を寄せたままで、いつまでもそばに離れられずにいました。
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