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第一章 借金まみれの令嬢、政略結婚に挑む
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はじめて「黒薔薇公爵リアン=ヴァルデン」と婚約することが決まったとき、わたしは正直なところ、笑ってしまいそうになりました。
いえ……笑うしかなかったのです。だって、黒薔薇公爵といえば――。
「顔良し、頭良し、剣も馬も万能。でも浮気癖だけは最悪」
それが社交界でよく囁かれる、彼の評判でした。
十人以上の愛人を囲っているだとか、朝には舞踏会の妖精を抱き、夜には芝居小屋の踊り子と消えるだとか。とにかくスキャンダルの枚挙にいとまがない――そんな噂ばかりのお方です。
そんな人物が、どうしてわたしのように地味で冴えない辺境の令嬢を妻に選ぶのか?
答えは簡単でした。わたしの実家が莫大な借金を抱えていたからです。
「リディア、この縁談を逃せば、フェルナー家は破産だ」
そう父に告げられた日のことを、いまでも忘れません。真剣な顔で言えば言うほど、その傍らに積み上げられた金ぴかの酒瓶が虚しく光って……溜息しかでませんでした。
わたしは知っていたのです。父の放漫と浪費癖が、家計をここまで追い込んだことを。
けれども、娘として家を見捨てることはできませんでした。
政略結婚。借金返済。――避けられない条件。
「……ええ、分かりました。わたし、嫁ぎます」
そう告げるわたしの声は、驚くほど震えていませんでした。
怖かったけれど。怯えていたけれど。
それでも――決意してしまえば不思議と、それが自分の道なのだと納得できたのです。
フェルナー家の娘として。誇りを守るために。
***
そして、首都ヴァレリアへ。
馬車に揺られ、夢にまで見た華やかな街路――ですが、わたしの胸はどこか曇っていました。
(これからあの「浮気癖最悪」の公爵さまがお相手……わたし、本当にやっていけるのかしら)
そんな不安を抱えたまま、ついにヴァルデン公爵家の門をくぐったのです。
重厚な鉄の門。黒薔薇をかたどった文様。
荘厳な石造りの邸宅は、遠目にも美しく……けれど威圧感がありました。
「……ここが、わたしの、嫁ぎ先」
そう呟き、馬車を降りると、すぐに玄関が開かれました。
そして現れたのは―――。
漆黒の髪に、深い夜を映すような瞳。
長身に纏う黒の礼装は、まるで舞台に立つ王子のようで。
目にした瞬間、思わず息を呑みました。
(……っ、これが、黒薔薇公爵――リアン=ヴァルデン……)
わたしなど、瞬きひとつで吸い込まれてしまいそう。
けれど次の瞬間。彼の口から放たれたのは――。
「……芋臭い娘だな」
……え?
あまりに唐突で、耳を疑ったほどです。
「おい、聞こえなかったか?」
「……っ、いえ。は、はい……聞こえました」
まさか初対面で、そんな直球の言葉を投げつけられるとは思わず、胸がじんと痛みました。
けれど。俯いてしまえば、本当に"芋臭い娘"になってしまう気がして。
「……あの、それでも本日よりわたしはあなたの妻です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げると、彼は鼻で笑っただけでした。
そのまま背を向け、歩み去る足音。
――わたしを置いて。
この時、わたしの結婚生活がどれほど波乱に満ちるのか、すでに暗示されていたのかもしれません。
***
その夜。初夜。
期待……はしていませんでした。けれど、まさか。
まさか本当に――。
「旦那さまは、もうお出かけに?」
「はい。カミラ様のお屋敷に」
「……カミラ?」
使用人から伝えられた言葉に、胸がしんと冷えました。
(……愛人のもと、なのね)
初夜も迎えず、夫は別の女性のもとへ。
わたしは豪奢な寝室に一人取り残されました。
「……これが、公爵夫人の夜なのね」
自嘲するように笑って、ベッドに倒れ込みました。
虚しさは、重い毛布よりものしかかってきます。
***
でも。泣いてばかりではいられません。
「わたしは……わたしはこの結婚で家を救うって、決めたのだから」
そう、自分に言い聞かせました。
夫に愛されなくても。振り向かれなくても。
借金を返し、公爵夫人として恥じぬように歩むこと。
それが、わたしの戦いなのだ――と。
いえ……笑うしかなかったのです。だって、黒薔薇公爵といえば――。
「顔良し、頭良し、剣も馬も万能。でも浮気癖だけは最悪」
それが社交界でよく囁かれる、彼の評判でした。
十人以上の愛人を囲っているだとか、朝には舞踏会の妖精を抱き、夜には芝居小屋の踊り子と消えるだとか。とにかくスキャンダルの枚挙にいとまがない――そんな噂ばかりのお方です。
そんな人物が、どうしてわたしのように地味で冴えない辺境の令嬢を妻に選ぶのか?
答えは簡単でした。わたしの実家が莫大な借金を抱えていたからです。
「リディア、この縁談を逃せば、フェルナー家は破産だ」
そう父に告げられた日のことを、いまでも忘れません。真剣な顔で言えば言うほど、その傍らに積み上げられた金ぴかの酒瓶が虚しく光って……溜息しかでませんでした。
わたしは知っていたのです。父の放漫と浪費癖が、家計をここまで追い込んだことを。
けれども、娘として家を見捨てることはできませんでした。
政略結婚。借金返済。――避けられない条件。
「……ええ、分かりました。わたし、嫁ぎます」
そう告げるわたしの声は、驚くほど震えていませんでした。
怖かったけれど。怯えていたけれど。
それでも――決意してしまえば不思議と、それが自分の道なのだと納得できたのです。
フェルナー家の娘として。誇りを守るために。
***
そして、首都ヴァレリアへ。
馬車に揺られ、夢にまで見た華やかな街路――ですが、わたしの胸はどこか曇っていました。
(これからあの「浮気癖最悪」の公爵さまがお相手……わたし、本当にやっていけるのかしら)
そんな不安を抱えたまま、ついにヴァルデン公爵家の門をくぐったのです。
重厚な鉄の門。黒薔薇をかたどった文様。
荘厳な石造りの邸宅は、遠目にも美しく……けれど威圧感がありました。
「……ここが、わたしの、嫁ぎ先」
そう呟き、馬車を降りると、すぐに玄関が開かれました。
そして現れたのは―――。
漆黒の髪に、深い夜を映すような瞳。
長身に纏う黒の礼装は、まるで舞台に立つ王子のようで。
目にした瞬間、思わず息を呑みました。
(……っ、これが、黒薔薇公爵――リアン=ヴァルデン……)
わたしなど、瞬きひとつで吸い込まれてしまいそう。
けれど次の瞬間。彼の口から放たれたのは――。
「……芋臭い娘だな」
……え?
あまりに唐突で、耳を疑ったほどです。
「おい、聞こえなかったか?」
「……っ、いえ。は、はい……聞こえました」
まさか初対面で、そんな直球の言葉を投げつけられるとは思わず、胸がじんと痛みました。
けれど。俯いてしまえば、本当に"芋臭い娘"になってしまう気がして。
「……あの、それでも本日よりわたしはあなたの妻です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げると、彼は鼻で笑っただけでした。
そのまま背を向け、歩み去る足音。
――わたしを置いて。
この時、わたしの結婚生活がどれほど波乱に満ちるのか、すでに暗示されていたのかもしれません。
***
その夜。初夜。
期待……はしていませんでした。けれど、まさか。
まさか本当に――。
「旦那さまは、もうお出かけに?」
「はい。カミラ様のお屋敷に」
「……カミラ?」
使用人から伝えられた言葉に、胸がしんと冷えました。
(……愛人のもと、なのね)
初夜も迎えず、夫は別の女性のもとへ。
わたしは豪奢な寝室に一人取り残されました。
「……これが、公爵夫人の夜なのね」
自嘲するように笑って、ベッドに倒れ込みました。
虚しさは、重い毛布よりものしかかってきます。
***
でも。泣いてばかりではいられません。
「わたしは……わたしはこの結婚で家を救うって、決めたのだから」
そう、自分に言い聞かせました。
夫に愛されなくても。振り向かれなくても。
借金を返し、公爵夫人として恥じぬように歩むこと。
それが、わたしの戦いなのだ――と。
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