【完結】腹黒公爵様の浮気癖、なぜか私にだけは本気らしい!?~借金令嬢の政略結婚は大波乱~

朝日みらい

文字の大きさ
5 / 12

第五章 「病に倒れる公爵」

しおりを挟む
 その知らせが飛び込んできたのは、いつものようにわたしが家計簿をつけていた午後のことでした。
 重苦しい足音とともに食堂の扉が開き、蒼ざめた侍従が駆け込んできます。

「奥様、たいへんです! 旦那様が……旦那様が倒れられました!」

「……っ!?」

 胸がぎゅっと握りつぶされるみたいに痛み、思わず立ち上がりました。

「今は……どちらに?」

「外から……愛妾の館から……運ばれて……」

 そこまで聞いてしまった瞬間、心臓に針が刺さるような痛みが走ります。
 ――そう、あの方はまた愛人の元に行っていたのです。
 でも。

(関係ない……そんなこと、今はどうでもいい)

 わたしはスカートをつまみ、駆け出していました。

 寝室の扉を開いた瞬間、熱で顔を赤くし汗で髪を濡らしたリアン様が、シーツの上に横たわっている姿が目に飛び込んできました。
 いつもは完璧な姿勢と冷ややかな仮面を崩さないその人が、苦しげに眉をひそめて浅い呼吸を繰り返している。

「……リアン様!」

 駆け寄り、まだ温もりを宿す手をとると、予想以上に熱い体温が指先に触れました。

(こんな状態で……わたしが放っておけるはずないでしょう!)

 侍女長に薬湯を、と頼み、わたしは濡れ布巾でその額を拭きました。
 リアン様は弱々しくうなされながら、ふいにわたしの手を強く握って離さず、熱にうわごとのように言いました。

「……リディア……」

 耳に届いた自分の名に、心臓が跳ねました。

「ずっと……傍に……」

 わたしを妻として蔑むように呼びつけていた彼が、今は掠れ声で縋るように名を呼ぶ。
 その手を離せなくなってしまって……。

「……ええ。わたしはここにいます。ずっと傍にいますから」

 静かにささやき、髪の乱れを耳元で整えてあげました。濡れた黒髪はいつもより柔らかく、触れた指先が熱のせいかじんわり痺れる気分。

 その夜、眠りながらもわたしの手を握り、汗に濡れる身体を震わせる彼を見ていると、不思議な感覚が胸を包みました。

(わたしは……本当に、彼を嫌いきれるのでしょうか)

 借金返済のために嫁いだだけ。そう言い聞かせてきたはずなのに。
 こんな弱い部分を見せられてしまったら――。

 翌朝。
 幾夜かの看病の甲斐あって、やがてリアン様は薄く瞼を開きました。
 うわ言ではなく、確かな意識が宿った瞳。

「……リディア?」

「はい。ここにおります」

 落ち着いた笑みを返しながらも、心臓が激しく鼓動を響かせるのを抑えられません。

 彼はぐっとわたしの手を握り、そのまま額を預けるように引き寄せました。

「……傍にいてくれ」

 その声は、今まで聞いたことがないほど素直で優しいものでした。

 胸がぎゅっと締め付けられて、涙が出てしまいそうです。
 思わず、彼の髪にそっと手を伸ばし、撫でてしまいました。いつもの冷たい人ではなく、ただ静かに眠る一人の青年のように感じられて――。

「……はい。傍におります」

 その返事を聞いて満足したように、彼はまた深い眠りに落ちました。
 その表情は、これまで見た中で一等安らかに思えました。

 けれど、その安らぎの裏には、まだわたしの知らぬ「秘密」が潜んでいるのです。

 彼の愛人遍歴がただの仮面でしかないこと。
 黒薔薇公爵の裏の顔――国家を影から守る密偵の長にして、冷徹な影の統率者。

 その事実を知るまで、わたしはもう少しだけ時間を待たされることになるのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

あなたの1番になりたかった

トモ
恋愛
姉の幼馴染のサムが大好きな、ルナは、小さい頃から、いつも後を着いて行った。 姉とサムは、ルナの5歳年上。 姉のメイジェーンは相手にはしてくれなかったけど、サムはいつも優しく頭を撫でてくれた。 その手がとても心地よくて、大好きだった。 15歳になったルナは、まだサムが好き。 気持ちを伝えると気合いを入れ、いざ告白しにいくとそこには…

処理中です...