無罪で流刑のわたしは、隣国の公子様に見守られすぎです。

朝日みらい

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 両手を手錠で縛られていたのでわたしは思うように泳ぐことができません。それなのに、青年はすでに器用に足で泳ぎながら、海中で沈んでいく身体を肩でぐいぐい海面まで引き上げていきます。

「ぷはっ……!」

 海面から顔を出した時、遠くに船が停泊していました。いったん船の運転を止めて、わたしたちを探索しているようです。

「顔を上げすぎだ。あっちまでいく」

 青年は肘でわたしの脇をつつくと、対岸に目をやり泳ぎ出します。追いつこうとしますが、どうしても彼の方が早いのです。

「しっかり」

 彼はわたしを待ちながら進んでいきます。

「……わたし、もうだめ」

 海水は冷たくて息苦しくて、それにこれまでの牢生活でろくな食事も与えられずに、体力もありません。

「生きるんだ! 自分のために。そしてわたしのために」

 頬を撫でられ、目を開けました。彼が蒼い目を向けて微笑んでいました。

「あなたは必ず幸せにする。わたしが保障する。だから、安心してついてこい」

 なんとか無事に岸辺へ辿り着くと、ぐったりしたわたしの体を彼は支えながら近くの林の中に向かいます。そこには何故か焚き火が炊かれていて、フードに覆面姿の3人の仲間が待っていました。

「ブルー様、お疲れ様でした。ターゲットもご無事で良かった」

(ブルー……。はっ……、わたし、どこかで彼と)

 わたしはドキッとして青年を見ましたが、彼は無表情でさっさと準備してあった毛布で体を拭き始めます。

 別の女性も、

「ほらほら、はやく火に当たってちょうだい! 寒かったでしょ?」

とわたしの肩に毛布を掛けてくれます。

「スープある。体、暖まるから」 

 もう一人の女性がわたしに野菜のスープ入りの小皿を渡してくれます。

「ゆっくりするな。そろそろ、ここを出る」

 ブルー様はすでに農夫の格好に着替えて、白髪のカツラと口ひげまで付けています。

「分かってる。だけど、出国するまでに体調崩しちゃいますよ」

「そうです。もう少しだけ。ちゃんと着替えさせますから」

 仲間のふたりが抗議すると、ブルー様は、「ん……」と息をつき、

「分かった。だが長くて10分だ。それまでに馬車まで連れてこい。マリアンヌ、お前もはやく支度だ」

「分かったよ。んったく、短気なんだから!」

 スープをよそった女性は立ち上がりフードを脱ぎました。美しいお嬢さんで、紫色の長い髪をピン留めしてカツラをかぶります。ロングドレスの上から汚らしい農婦の作業着をはおり、林を抜けた小道に向かいます。

 わたしも囚人服から久々にロングドレスに着替えました。白い上質な生地で、清潔で柔らかくて、温かくて。思わず、涙が滲みます。

 残りふたりの仲間に支えながら、小道に待機してあった馬車の荷台に乗り込みます。荷台には野菜が乗せられ、わたしも空の麻袋に入れられて、大豆の麻袋のとなりに横になりました。

「ご無事で」

 仲間ふたりに見送られ、ブルー様の馬車は、峰を越えた先にある、隣国の検問所まで走って行きました。

 荷台には藁が敷き詰められていたので、意外に乗り心地は悪くありません。ゴツゴツとした揺れと強い陽射しで暑くて、快適とはいえませんが、そんな文句など言っていられません。

「入領管理管どの、お勤めご苦労さまでございます。入領パスでございやす」

 農夫のダミ声がしました。

「……いつもの農夫と違うな? どこに納める?」

「領内の朝市に出すんでございますわ。早くしないと品質がおちますんで……」

 農夫の妻が言います。

「……悪いが荷台をあらためてもいいか」

「見ても何も変わりませんがねえ……」

 足音が近づいてきます。ドクンドクンと、わたしの心臓の鼓動の音も大きくなってきます。

(せっかく、助けてもらえたのに……!)
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