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カサカサカサカサ……。
指先で麻袋をつつく音がします。そして、わたしの袋にも!
「これはなんだ? なんだか柔らかいが?」
「へい。アレダシア大公の息子さんの特注品でさあ」
(アレダシア大公様のご子息……。どこかで聞いた気が……)
「領主様の公子どのが……?」
管理官の声があきらかに動揺しています。
「へいへい。他言無用ですがね。あのびっこはイノシシの肉が大好きで。昨晩、畑に出てきたかなり大きめなやつがいたもんで。ちと、生臭いですが、見やすか?」
「ならいい。入れ」
馬車の車輪は再び地面を走り出します。わたしはホッと胸をなで下ろしながら、はっ! と思い出したのです。
***
あの展覧会で、わたしの絵に釘付けになって、全く動かない20才すぎの若い紳士がいました。栗色の短髪に皺一つない上質の上着を着た青年です。かた足が不自由らしく杖をつき、足を引きずりながら歩いていました。
「作者のリリアーヌ・ホールデンです。気に入ってくださったのですか?」
わたしが歩み寄ると、彼は蒼い透き通る瞳を向けてほほえみました。
「すばらしい絵ですね。美しい紋章で鳥の周りを装飾していますが、実は美しいタイルの柄ですね。それにインコの取り合わせは発想が自由でいい」
「ありがとうございます。あれは皆さん、紋章だと勘違いされるのです。よく気づかれましたね。そしてインコは……」
わたしは紳士の瞳をのぞきました。
「リリアーヌ嬢、どうされました?」
彼は不思議そうに見返しました。
「ごめんなさい。じつはあなた様の瞳の色が、わたしの飼っているインコに似ていたのです」
彼は「クスッ」と笑いました。それから、わたしの瞳を見て手を差し出しました。
「素晴らしかった」
わたしは出口に向かう彼を呼び止めました。
「あの……お名前は?」
「わたしは隣国のアレダシア公国の公子ブルー・メイス・アレダシアです」
***
街の外れの森の中で馬車がとまり、農夫姿の彼は麻袋からわたしの手を差し出しました。
「ここからは、マリアンヌ嬢が新居に案内する。わたしはそのまま中央広場の八百屋に野菜をおさめてくるから」
「……おまちください。ブルー・メイス公子様!」
わたしは手を離さずに、彼の瞳を見つめていました。
彼の瞳は急に険しくなりました。
「やめなさい。今、農夫をこの名前で呼ぶのは相応しくないですよ」
「わたしはただ……ありがとうって……」
「わたしの名前はもう忘れなさい」
彼は冷静に手をほどきました。
「あなたのリリアーヌ・ホールデンという名前もね。今からきみはブリジッド。今からこの公国の宮廷画家イーデン卿の養女だ。気のいい方だから安心するように。すべての段取りはできている。正体をばらすような真似は仲間にも危険が及ぶから、慎むようになさい」
彼は早口に言うと、お礼を言う隙もあたえず馬車の運転台に上がって、手綱をにぎりました。
(ブルー様……)
わたしは、遠ざかる馬の蹄を聞きながら、一抹の愛おしさと寂しさで胸がうずくのを感じたのでした。
指先で麻袋をつつく音がします。そして、わたしの袋にも!
「これはなんだ? なんだか柔らかいが?」
「へい。アレダシア大公の息子さんの特注品でさあ」
(アレダシア大公様のご子息……。どこかで聞いた気が……)
「領主様の公子どのが……?」
管理官の声があきらかに動揺しています。
「へいへい。他言無用ですがね。あのびっこはイノシシの肉が大好きで。昨晩、畑に出てきたかなり大きめなやつがいたもんで。ちと、生臭いですが、見やすか?」
「ならいい。入れ」
馬車の車輪は再び地面を走り出します。わたしはホッと胸をなで下ろしながら、はっ! と思い出したのです。
***
あの展覧会で、わたしの絵に釘付けになって、全く動かない20才すぎの若い紳士がいました。栗色の短髪に皺一つない上質の上着を着た青年です。かた足が不自由らしく杖をつき、足を引きずりながら歩いていました。
「作者のリリアーヌ・ホールデンです。気に入ってくださったのですか?」
わたしが歩み寄ると、彼は蒼い透き通る瞳を向けてほほえみました。
「すばらしい絵ですね。美しい紋章で鳥の周りを装飾していますが、実は美しいタイルの柄ですね。それにインコの取り合わせは発想が自由でいい」
「ありがとうございます。あれは皆さん、紋章だと勘違いされるのです。よく気づかれましたね。そしてインコは……」
わたしは紳士の瞳をのぞきました。
「リリアーヌ嬢、どうされました?」
彼は不思議そうに見返しました。
「ごめんなさい。じつはあなた様の瞳の色が、わたしの飼っているインコに似ていたのです」
彼は「クスッ」と笑いました。それから、わたしの瞳を見て手を差し出しました。
「素晴らしかった」
わたしは出口に向かう彼を呼び止めました。
「あの……お名前は?」
「わたしは隣国のアレダシア公国の公子ブルー・メイス・アレダシアです」
***
街の外れの森の中で馬車がとまり、農夫姿の彼は麻袋からわたしの手を差し出しました。
「ここからは、マリアンヌ嬢が新居に案内する。わたしはそのまま中央広場の八百屋に野菜をおさめてくるから」
「……おまちください。ブルー・メイス公子様!」
わたしは手を離さずに、彼の瞳を見つめていました。
彼の瞳は急に険しくなりました。
「やめなさい。今、農夫をこの名前で呼ぶのは相応しくないですよ」
「わたしはただ……ありがとうって……」
「わたしの名前はもう忘れなさい」
彼は冷静に手をほどきました。
「あなたのリリアーヌ・ホールデンという名前もね。今からきみはブリジッド。今からこの公国の宮廷画家イーデン卿の養女だ。気のいい方だから安心するように。すべての段取りはできている。正体をばらすような真似は仲間にも危険が及ぶから、慎むようになさい」
彼は早口に言うと、お礼を言う隙もあたえず馬車の運転台に上がって、手綱をにぎりました。
(ブルー様……)
わたしは、遠ざかる馬の蹄を聞きながら、一抹の愛おしさと寂しさで胸がうずくのを感じたのでした。
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