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第6章:実家の冷たい視線
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「……ただいま戻りました」
屋敷の門をくぐったとき、セリーヌはかすかに微笑んだ。どんなに冷たくされても、ここがかつて自分の居場所だったのだから。
しかし、出迎えに出た母の顔は、冷えきった冬の石畳のようだった。
「ずいぶんと……目立たぬように帰ってきたのね。不名誉な話が広まる前でよかったわ」
母の第一声がこれだった。
後ろで控える父は、口ひとつきかず、目を伏せたままセリーヌの姿を見ようともしない。
そして妹たち――華やかなドレスに身を包んだ双子の令嬢、フィアとリネットは、ほぼ同時にひそひそと笑い合った。
「“三年いて跡継ぎも残せない上に浮気されて離縁”って、ある意味伝説的よね?」
「そうねえ、姉様ったら“リュステルの無冠の王妃”とでも呼んで差し上げましょうか?」
セリーヌは、にこりと笑った。
「ありがとう。じゃあその称号、金の刺繍入りで枕カバーにしてもらえる?」
「冗談を言う余裕はあるのね」母はぴしゃりと扇を閉じる。
翌朝には、もう両親が用意した見合い話の書類が部屋に届けられていた。しかもその中には“年収安定・無口な地主”とか“歯は三本・寡黙な大商人”といった、どこか地味すぎる男たちのプロフィールが混ざっている。
「……私、商品カタログじゃないのだけれど」
セリーヌは書類をそっと押し返した。けれど、反論できるほどの立場ではもうなかった。
次第に、使用人たちの視線までもが変わってきた。
「おやおや、今日もお部屋にお籠りですか? まあお疲れでしょう、何もしておいでじゃないけど」
「お茶の時間? あいにく台所の砂糖は“奥様専用”でしてねえ、すみませんね」
あの頃、侯爵令嬢として敬われていた面影はどこへやら、今やただの“出戻りの厄介者”。
***
ある日の夕方、セリーヌはそっと厨房へ足を運んだ。
暖炉の火が心地よく揺れ、バターとパンの香りが漂う。小さな子どものころ、乳母の手伝いをしてよくここでクッキーをこねたことを思い出す。
「……あれ? お嬢様?」
パン職人の青年が顔を上げた。年は二十代半ば、日焼けした頬に小麦粉がついている。
「あら。まだ“お嬢様”って呼ばれるのね、私」
「……あ、いや、習慣で……でも変えませんよ。俺にとってはずっと“お嬢様”ですから」
少し照れたように笑ったその青年――名前はマルク。子どもの頃、セリーヌが庭で転んだとき、泣きながら手を引いてくれたのは彼だった。
「クッキーの作り方……まだ覚えてるかしら?」
「もちろんです。じゃあ今日は、一緒に焼きませんか?」
セリーヌは小麦粉に手を伸ばし、久々に心から笑った。
「ええ、でも失敗しても笑わないでね。離婚は経験済みだけど、パン作りは初心者よ」
「じゃあ俺が面倒見ます。お菓子も、気持ちも」
「なにその甘いセリフ。パンより先に焦げそうね」
二人は笑い合いながら、生地を丸めていった。
その夜、厨房の小さなテーブルに並んだのは、焦げすぎたクッキーと、ほんの少し温まった心だった。
屋敷の門をくぐったとき、セリーヌはかすかに微笑んだ。どんなに冷たくされても、ここがかつて自分の居場所だったのだから。
しかし、出迎えに出た母の顔は、冷えきった冬の石畳のようだった。
「ずいぶんと……目立たぬように帰ってきたのね。不名誉な話が広まる前でよかったわ」
母の第一声がこれだった。
後ろで控える父は、口ひとつきかず、目を伏せたままセリーヌの姿を見ようともしない。
そして妹たち――華やかなドレスに身を包んだ双子の令嬢、フィアとリネットは、ほぼ同時にひそひそと笑い合った。
「“三年いて跡継ぎも残せない上に浮気されて離縁”って、ある意味伝説的よね?」
「そうねえ、姉様ったら“リュステルの無冠の王妃”とでも呼んで差し上げましょうか?」
セリーヌは、にこりと笑った。
「ありがとう。じゃあその称号、金の刺繍入りで枕カバーにしてもらえる?」
「冗談を言う余裕はあるのね」母はぴしゃりと扇を閉じる。
翌朝には、もう両親が用意した見合い話の書類が部屋に届けられていた。しかもその中には“年収安定・無口な地主”とか“歯は三本・寡黙な大商人”といった、どこか地味すぎる男たちのプロフィールが混ざっている。
「……私、商品カタログじゃないのだけれど」
セリーヌは書類をそっと押し返した。けれど、反論できるほどの立場ではもうなかった。
次第に、使用人たちの視線までもが変わってきた。
「おやおや、今日もお部屋にお籠りですか? まあお疲れでしょう、何もしておいでじゃないけど」
「お茶の時間? あいにく台所の砂糖は“奥様専用”でしてねえ、すみませんね」
あの頃、侯爵令嬢として敬われていた面影はどこへやら、今やただの“出戻りの厄介者”。
***
ある日の夕方、セリーヌはそっと厨房へ足を運んだ。
暖炉の火が心地よく揺れ、バターとパンの香りが漂う。小さな子どものころ、乳母の手伝いをしてよくここでクッキーをこねたことを思い出す。
「……あれ? お嬢様?」
パン職人の青年が顔を上げた。年は二十代半ば、日焼けした頬に小麦粉がついている。
「あら。まだ“お嬢様”って呼ばれるのね、私」
「……あ、いや、習慣で……でも変えませんよ。俺にとってはずっと“お嬢様”ですから」
少し照れたように笑ったその青年――名前はマルク。子どもの頃、セリーヌが庭で転んだとき、泣きながら手を引いてくれたのは彼だった。
「クッキーの作り方……まだ覚えてるかしら?」
「もちろんです。じゃあ今日は、一緒に焼きませんか?」
セリーヌは小麦粉に手を伸ばし、久々に心から笑った。
「ええ、でも失敗しても笑わないでね。離婚は経験済みだけど、パン作りは初心者よ」
「じゃあ俺が面倒見ます。お菓子も、気持ちも」
「なにその甘いセリフ。パンより先に焦げそうね」
二人は笑い合いながら、生地を丸めていった。
その夜、厨房の小さなテーブルに並んだのは、焦げすぎたクッキーと、ほんの少し温まった心だった。
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