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第33章 再生の誓い
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夜の雨はまだ細く降り続いていました。
学院を離れた私たちは、王城近くの離宮に身を寄せていました。
アレクシス様の腕には包帯が巻かれ、私が煎じた薬草の香りが部屋に漂っています。
「痛みませんか?」
「君が手当てしたのだ。痛みよりも、安らぎの香りが強い」
「もう、言葉まで甘くなりましたね、公爵様は……」
「氷も溶けるほど温かい人間と一緒にいるからな」
穏やかに笑い合ったその瞬間、どこかで雷鳴が小さく響きました。
まだ、嵐の残響が王都の空気に漂っています。
「これが静まったら……きっとすべての真相も、姿を見せますね」
「ああ。ライオネルが単独で動けるはずがない。背後に“毒草派”――王政を裏で操る勢力がいる」
「“毒草派”。王家の古い貴族派閥……」
「奴らは長く沈黙を守っていた。だが王の病が進んだ今、再び権力を狙っているのだ」
アレクシス様の瞳が、窓の外に広がる夜を睨み据えます。
強い光を宿したその横顔に、私は静かに問いかけました。
「……私にできることはありますか?」
「うむ。君が見つけた《ナイト・ブリード》の交配記録を整理しよう。そこに王を救う鍵がある」
「はい。きっと――王を助けてみせます」
* * *
翌朝、王城の医師団から急報が届きました。わたしが疑われていても、構っていられない必死さが伝わります。
老王の容体が急変したのです。無実を晴らすためにも、何とかしなければ……。
「陛下の呼吸が弱まっています。毒草性の影響で……!」
「諸薬は効きません!」
白い廊下に響く叫び。
私とアレクシス様は駆けつけ、王の寝所に入りました。
枕元の王は、青ざめた顔で息を荒げておられます。
私はその腕に触れ、脈を測りました――確かに、毒が回っている。
「……これは、《影のブリード》。もう一系統の変異種です。完全な治療薬はまだ……!」
「リリアーナ、落ち着け」
アレクシス様が肩に手を置きました。
温かくて、でも強い力。その支えに呼吸を整えます。
「……毒に対して毒を報いてやりたいな」
「……毒草に対して毒草を。抗毒を組み合わせれば、毒を断ち切れる」
「……何だ?」
「《陽光草》と《清泉のミント》……それに、あの“第25草”を。未完成ですが、もしかして――」
「賭けるしかないな」
それは、あまりに重い言葉でした。
けれど私も、恐れてなどいません。アレクシス様が隣にいてくれるから。
「アレクシス様、器具を支えてください」
「おう、助手の出番だな」
冗談のように言いながら、彼はそっとガラス瓶を押さえます。
この瞬間だけ、氷の貴公子は完全に私の“助手”になっていました。
「はい、これで――!」
調合は成功。温かな光のような液体が生まれました。
それを滴下した瞬間、王の呼吸がわずかに安定し、色を取り戻していきました。
「……陛下!」
「……ヴァレンティーヌ……か……」
微かに開いた目が、私とアレクシス様を見つめます。
そして掠れた声で呟かれました。
「……お前たちだけが……頼り……だ」
その言葉を最後に、老王は静かに意識を閉じられました。
「……わたし、資料を取りに行ってきます」
* * *
同じころ、城下では王政派と毒草派の間で衝突が起きていました。
ライオネルの企みが露見し、彼は逃走。
だが、最後の悪あがきとして王家の書庫を炎上させようとしていたのです。
「火を放てば証拠が消える! すぐに――!」
「やめて!」
燃え上がる書庫の中、私が叫ぶと、ライオネルが剣を抜き、私の前に立ち塞がります。
視界を覆う炎の向こうで、ライオネルが狂ったように笑いました。
「どこの誰に愛されようと、君は結局呪いを呼ぶ女だ! 25番目も、それで終わりだ!」
「危ない!」
火の粉が舞い、梁が崩れる。
アレクシス様が私を抱きかかえ、崩落する棚を跳ね飛ばすように避けました。
「離れては駄目だ!」
「アレク――!」
けれど炎の中、ライオネルがこちらへ突進してくる。狂気の笑みのまま。
「貴様たちを道連れに――!」
瞬間、アレクシス様の剣が閃きました。
鋭い音とともに、空気が裂け、王子の剣が床に落ちます。
「地位を失くした者の怨嗟など、もう響かん」
その冷徹な声に、ライオネルは崩れ落ちました。
* * *
炎のあとを治めたのは、王宮の衛兵たちでした。
夜が明けるころ、ようやく火は鎮静化。
焼け跡の中で、私はアレクシス様の手を握りしめました。
「終わりましたね……」
「ああ。だが、君の服が焦げている。……ほら、袖を」
「だ、大丈夫です。これは少し煤けただけで――」
「君が無事で良かった。……本当に」
アレクシス様がそっと頬に触れました。
指先が震えている。いつも冷たい彼の手が、今は熱を帯びていました。
「もう君に同じ恐怖を味わわせたくない。これでようやく、終わりだ」
私は微笑みながら首を振りました。
「アレクがいるから、怖くありません……」
アレクシス様が、静かに頷きました。
そして突然、私を抱き寄せます。
「ならば誓おう。どんな嵐でも、どんな毒でも、君を離さない」
「私も誓います。あなたと共に――この国の傷を癒していきたい」
息づかいが重なり、体温が一つになる。
夜明けの光が差し込んで、彼の髪も瞳も金色に輝いて見えました。
学院を離れた私たちは、王城近くの離宮に身を寄せていました。
アレクシス様の腕には包帯が巻かれ、私が煎じた薬草の香りが部屋に漂っています。
「痛みませんか?」
「君が手当てしたのだ。痛みよりも、安らぎの香りが強い」
「もう、言葉まで甘くなりましたね、公爵様は……」
「氷も溶けるほど温かい人間と一緒にいるからな」
穏やかに笑い合ったその瞬間、どこかで雷鳴が小さく響きました。
まだ、嵐の残響が王都の空気に漂っています。
「これが静まったら……きっとすべての真相も、姿を見せますね」
「ああ。ライオネルが単独で動けるはずがない。背後に“毒草派”――王政を裏で操る勢力がいる」
「“毒草派”。王家の古い貴族派閥……」
「奴らは長く沈黙を守っていた。だが王の病が進んだ今、再び権力を狙っているのだ」
アレクシス様の瞳が、窓の外に広がる夜を睨み据えます。
強い光を宿したその横顔に、私は静かに問いかけました。
「……私にできることはありますか?」
「うむ。君が見つけた《ナイト・ブリード》の交配記録を整理しよう。そこに王を救う鍵がある」
「はい。きっと――王を助けてみせます」
* * *
翌朝、王城の医師団から急報が届きました。わたしが疑われていても、構っていられない必死さが伝わります。
老王の容体が急変したのです。無実を晴らすためにも、何とかしなければ……。
「陛下の呼吸が弱まっています。毒草性の影響で……!」
「諸薬は効きません!」
白い廊下に響く叫び。
私とアレクシス様は駆けつけ、王の寝所に入りました。
枕元の王は、青ざめた顔で息を荒げておられます。
私はその腕に触れ、脈を測りました――確かに、毒が回っている。
「……これは、《影のブリード》。もう一系統の変異種です。完全な治療薬はまだ……!」
「リリアーナ、落ち着け」
アレクシス様が肩に手を置きました。
温かくて、でも強い力。その支えに呼吸を整えます。
「……毒に対して毒を報いてやりたいな」
「……毒草に対して毒草を。抗毒を組み合わせれば、毒を断ち切れる」
「……何だ?」
「《陽光草》と《清泉のミント》……それに、あの“第25草”を。未完成ですが、もしかして――」
「賭けるしかないな」
それは、あまりに重い言葉でした。
けれど私も、恐れてなどいません。アレクシス様が隣にいてくれるから。
「アレクシス様、器具を支えてください」
「おう、助手の出番だな」
冗談のように言いながら、彼はそっとガラス瓶を押さえます。
この瞬間だけ、氷の貴公子は完全に私の“助手”になっていました。
「はい、これで――!」
調合は成功。温かな光のような液体が生まれました。
それを滴下した瞬間、王の呼吸がわずかに安定し、色を取り戻していきました。
「……陛下!」
「……ヴァレンティーヌ……か……」
微かに開いた目が、私とアレクシス様を見つめます。
そして掠れた声で呟かれました。
「……お前たちだけが……頼り……だ」
その言葉を最後に、老王は静かに意識を閉じられました。
「……わたし、資料を取りに行ってきます」
* * *
同じころ、城下では王政派と毒草派の間で衝突が起きていました。
ライオネルの企みが露見し、彼は逃走。
だが、最後の悪あがきとして王家の書庫を炎上させようとしていたのです。
「火を放てば証拠が消える! すぐに――!」
「やめて!」
燃え上がる書庫の中、私が叫ぶと、ライオネルが剣を抜き、私の前に立ち塞がります。
視界を覆う炎の向こうで、ライオネルが狂ったように笑いました。
「どこの誰に愛されようと、君は結局呪いを呼ぶ女だ! 25番目も、それで終わりだ!」
「危ない!」
火の粉が舞い、梁が崩れる。
アレクシス様が私を抱きかかえ、崩落する棚を跳ね飛ばすように避けました。
「離れては駄目だ!」
「アレク――!」
けれど炎の中、ライオネルがこちらへ突進してくる。狂気の笑みのまま。
「貴様たちを道連れに――!」
瞬間、アレクシス様の剣が閃きました。
鋭い音とともに、空気が裂け、王子の剣が床に落ちます。
「地位を失くした者の怨嗟など、もう響かん」
その冷徹な声に、ライオネルは崩れ落ちました。
* * *
炎のあとを治めたのは、王宮の衛兵たちでした。
夜が明けるころ、ようやく火は鎮静化。
焼け跡の中で、私はアレクシス様の手を握りしめました。
「終わりましたね……」
「ああ。だが、君の服が焦げている。……ほら、袖を」
「だ、大丈夫です。これは少し煤けただけで――」
「君が無事で良かった。……本当に」
アレクシス様がそっと頬に触れました。
指先が震えている。いつも冷たい彼の手が、今は熱を帯びていました。
「もう君に同じ恐怖を味わわせたくない。これでようやく、終わりだ」
私は微笑みながら首を振りました。
「アレクがいるから、怖くありません……」
アレクシス様が、静かに頷きました。
そして突然、私を抱き寄せます。
「ならば誓おう。どんな嵐でも、どんな毒でも、君を離さない」
「私も誓います。あなたと共に――この国の傷を癒していきたい」
息づかいが重なり、体温が一つになる。
夜明けの光が差し込んで、彼の髪も瞳も金色に輝いて見えました。
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