25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第32章 毒の再来

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 王都に静けさが戻ったのは、嵐の翌日でした。  
 雲が晴れた空の下、城下の人々が穏やかに行き交い、街角では子どもたちの笑い声が響いています。  
 その穏やかさが逆に、嵐の前触れのように思えました。

「リリアーナ夫人、今朝届いた報告です。学院の研究棟で、数名の者が急な高熱と麻痺症状を――」

「まさか……」

 私は震える手で紙を受け取りました。  
 
 毒商人たちの陰……夜影草の事件……あの、あの日の呪われた記憶が再び甦るようでした。

「アレクシス様には……?」

「すでにお知らせしました。間もなくこちらへ向かわれるかと」

 報告を終えた侍従が去った後、私は机に突っ伏しそうになるのを堪えました。  
 また、新たに忌まわしい病が――。  
 もし再び“毒草”が使われたのだとしたら? 今度は誰が、何のために?



* * *



「……やはり、放ってはおけないな。王立学院へ向かおう」

 扉を開けて現れたアレクシス様は、いつもの冷静さを装っていましたが、その手がわずかに震えているのを私は見逃しませんでした。

「アレクシス様……その手……」

「大丈夫だ」

「いいえ、無理をしておられませんか?」

「無理などしていない。だが……正直に言えば、不安はある」

 彼の声は低く、静か。  
 その一言が胸を締めつけました。

「でも、また同じようなことが起きたのなら……放っておけませんね」

「君には負担ばかりだ――」

「慣れてます。あなたの妻として、研究者として、これは私の戦いでもありますからね」

 そう言うと、アレクシス様は小さく息を吐いて、私の手を取られました。  
 氷のような手でありながら、不思議と暖かい。

「……君を失いたくないんだ。それだけは、何度でも言う」

「あなたがそう言ってくださる限り、私は勇気が出ますよ」

 短い沈黙のあと、アレクシス様は微笑みました。  
「行こう。二度と同じ悲劇を繰り返さぬために」



* * *



 王立学院の医務棟は、すでに封鎖状態でした。  
 倒れた学士たちは昏睡し、呼吸は浅く、唇には紫の斑点。  
 見慣れた症状に、嫌な寒気が背筋を這います。

「……毒草《ナイト・ブリード》。ですが微妙に構成が違う」

「改良型か?」

「はい。新種の交配体です。誰かが意図的に――」

 言い終える前に、部屋の外で騒めきが起こりました。  
 衛兵たちが廊下を駆け、同時に怒号のような声が響きます。

「公爵閣下、これを!」

 差し出された紙には、王立公文書の印章。  
 その文面を見たアレクシス様が、目を険しくしました。

「……“新毒草事件犯として、容疑者:ヴァレンティーヌ夫人”。」

「なっ……!」

 思わず息を呑みました。  
 そこには私の名と、偽造された署名入りの研究式が添付されています。  
 あの日盗まれた書簡――それが今、罪の証拠として使われていたのです。

「誰がこんなものを……!」

「落ち着け、リリアーナ。王政会議の命令書だが、まだ正式決定ではない。だが……彼らは優秀な君を疑いの目で見始めている」

「そんな馬鹿な……!」

 私は頭を振りました。けれど胸の奥では、すでに恐怖が形を持ち始めています。  
 王国の権力者たちは、表沙汰になった“毒事件”を早急に収めるため、生け贄を探している。  
 その役に私が選ばれた――。

「……アレクシス様、王城に申し開きを」

「口だけでは無駄だな。行く前に、まずこの毒の源を突き止める。それが何よりの証明になるはずだ」



* * *



 陽も沈みかけたころ、医務棟の奥にある薬草庫。  
 私は闇に包まれた棚を一つずつ確かめました。  
 そして、その隅で――見つけてしまったのです。

「……これ。間違いない、《ナイト・ブリード》の実です。  
 でもこの表皮――培養過程が違う。これ、誰かが人工交配した証拠よ……なんてことを!」

 崩れ落ちそうになった背を、アレクシス様の腕が支えました。  
 その身体の熱が伝わってきて、涙が込み上げました。

「君が見つけたなら、もうそれで十分だ」

「まだです。誰が、何のために……」

 顔を上げたそのとき、入口の戸が軋んで開きました。  
 そこに立っていたのは、半ば影に沈んだ人物――。

「久しいね、リリアーナ。君は昔から、何かと目ざとい」

 冷たい笑い。聞き覚えのある声。  
 ライオネル王子、その人でした。

「あなた……まさか、まだ諦めていなかったのですか!」

「諦める? とんでもない。君を王妃にできなかった代償は、王国の支配で取り戻すつもりだ」

「だから、こんな卑劣なことを……!」

「卑劣? 必要な駆け引きだよ。公爵の妻を罪に陥れれば、ヴァレンティーヌ家も沈黙する。完璧な計算だと思わないか?」

 アレクシス様の瞳が冷たく光りました。  
 その冷気が空気ごと凍らせます。

「愚か者め。君がどんな王になるか、誰より分かっていた。だから王は君を選ばなかった」

「貴様、どの口でわたしに! おい、兵を――」

「遅い!」

 アレクシス様の剣が閃き、王子の護衛の槍を弾き飛ばしました。  
 私は咄嗟に薬草棚の瓶を倒し、その煙で辺りを覆いました。

「リリアーナ、急げ!」

「はい!」

 二人で駆け出すと、背後で王子の叫びがこだまします。  
 「必ず――貴様らを地に伏せてやる!」



* * *



 宿舎へ戻る頃には夜も更けて、街の灯はほとんど消えていました。  
 アレクシス様は腕の傷を負われていましたが、痛みを見せず、ただ無言で私を抱き寄せます。

「もう平気です。私は大丈夫……でも、あなたの腕が……!」

「かすり傷だ。王子の方こそ焦っていた。あれで計画は崩れた」

「本当に……これで終わりかしら」

「君がいる限り、終わりではないだろう。まだ“真の疫病”が残っている。あの毒草を利用して、王の血筋を蝕もうとしている。  
 このままでは、王そのものが危ない」

 私は言葉を失いました。  
 その“王の病”――。それが、次に訪れる脅威の始まりだったのです。

「……行きましょう。王を救うために」

 アレクシス様は私の頬に手を当て、静かに微笑みました。
「君がそばにいる限り、どんな毒でも解ける気がするよ」

 私はその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなりました。

「では、私がこの国の解毒剤になります」

「ふむ、その比喩は悪くないな」

 二人、思わず笑い合いました。  
 窓の外では、夜の雨が静かに降り始めていました。
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