25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第31章 王都の嵐

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 新聞を握りしめたまま、私はその場から動けませんでした。  
 ごうっと風が窓を揺らし、薄い紙片がひらりと床に落ちます。  
 誰もいない研究室に、鼓動の音だけが響いていました。

「どうして……どうして、こんなことに」

 ユリウス先生が自分の功績として発表した――それが誤報なのか、裏切りなのか、今は確かめようもありません。  
 ただ、真実をねじ曲げる者がいるという現実が、喉の奥に苦い痛みを残しました。

「リリアーナ様、落ち着いてください!」

 駆け寄ってきたメアが、驚いたように私の腕を掴みました。  
「旦那様に今すぐ連絡を! こんな王都、もう出ましょう!」

「でも……」

「でもじゃありません! 公爵様のお心を思ってください! このまま耐えるほうが、閣下を悲しませます!」

 メアの言葉はまっすぐでした。  
 けれど、私は静かに首を振りました。

「逃げたら終わりです。守られたままの私じゃ、どんなに愛されても、あの人の隣には立てません……」

 そう言ったとき、扉がどんと開きました。

「リリアーナ!」

 聞き慣れた低い声。  
 そこに立っていたのは――アレクシス様、ご本人でした。

「アレクシス様!? ど、どうして王都に……」

「新聞を見た。君が傷つけられているのに、黙っていられるはずがないだろ……」

 その瞳は、氷のように冷たいのに、底では熱が燃えていました。  
 私はその視線に息を止めます。

「君を……奪われるくらいなら、王家だろうと学院だろうと敵に回す!」

「そんな……穏やかではないです。私、まだ真相を──」

「知っている。調べはついた。やはり裏で糸を引いているのは、失脚したライオネルと……王都商会連盟の一部だ」

 あの名を聞いた瞬間、背筋から冷たいものが走り抜けました。  
 やっぱり、彼が。まだ諦めていなかったのです。

「ハートマンは利用された。名誉と支援金を餌に、君の研究を先に王家へ売るつもりだったんだ」

「そんな……ユリウス先生が……」

「信じたかったのはわかる。だが現物の書簡を見た。彼が殿下に報告している」

 アレクシス様の声は静かでした。  
 静かすぎて、その分だけ本気の怒りがにじみ出ていました。

「今夜、王城で弁明の会が開かれる。王の前で全て明らかにする。――君も来い」

「私……?」

「君でなければ意味がない。奪われたのは“発明”ではなく、“志”だ。堂々と、それを取り戻せ」

 そう言って、彼は私の手を取られました。  
 その温もりが、張り詰めた心をほぐすみたいに染み渡ります。

「……アレクシス様、私、怖い。人々の誤解も、真実の重さも……」

「怖がっていい。君が震えているなら、私の手で支える。それで前を向けるなら」

 頬に触れた手が熱くて、視界が滲みました。  
 そっと頷くと、アレクシス様はそのまま私の額に口づけを落としました。

「信じろ。君はもう、一人ではない」



* * *



 夜、王城の謁見の間。  
 赤い絨毯の上を歩くたび、足裏から緊張が這い上がります。  
 列席している貴族たちの視線が一斉に私に注がれ、ざわめきが広がりました。

「……あれが例の夫人か」「盗用者ではないのか」「公爵が肩入れするとは意外だな」

 冷笑まじりの噂。  
 でも、不思議と怖くありませんでした。  
 アレクシス様が隣に立っている。――それだけで平常を取り戻せたのです。

 玉座の上、老王が低い声で言いました。

「ヴァレンティーヌ公爵。そなたは王家への叛意を問われておる。釈明せよ」

「陛下。我らは叛いたのではなく、真実を取り戻すために参りました」

 アレクシス様の堂々たる声に、会場が静まりました。  
 彼は懐から一通の封書を取り出します。

「これは、ユリウス・ハートマンが王家宛てに送った報告書に添付されていた私信です。そこには“妻の研究成果を転用した褒章を受ける”と。筆跡鑑定は済んでおります」

 一斉にざわつく中、衛兵が扉を開けました。  
 現れたのは、血の気を失ったユリウス先生本人でした。

「ヴァレンティーヌ夫人、これは誤解です! 私はただ、学会を守りたくて……!」

「……あなたが盗んだ研究は、私と貴方の共同実験記録そのものでした……残念で……悲しいです」

 私は真正面から彼を見据えました。  
 いつか敬意を抱いたはずの目が、今はただ悲しく映ります。

「救いたいと願ったのは同じだったはずです。なのに、どうして狭い名誉に手を伸ばしてしまったんですか……?」

「名誉? 違う……信じていたんですよ。殿下がその薬を国のために広めてくださると……!」

「けれど結果的に、あなたは王家と癒しの民の信頼を壊した」

 アレクシス様の声は短く鋭い。  
 ユリウス先生はその場に崩れ落ちました。

 沈黙が支配する中、老王がゆっくりと立ち上がりました。

「ヴァレンティーヌ夫人。そなたの知識と誠意は、国の誇りである。これより夫とともに王立研究顧問として、王国に仕えよ」

「陛下……!」

 頭を下げると、アレクシス様が隣で静かに微笑まれました。  
 言葉にしなくても伝わる。“よく頑張った”という声が。  
 全身の力がふっと抜け、涙が頬を伝います。



* * *



 謁見のあと。  
 夜の王城を出た私たちは、馬車に揺られていました。  
 外では風が少し荒れていて、遠くで雷鳴が響きます。

「嵐ですね……」

「嵐は悪くない。空の膿を洗ってくれるんだよ」

 アレクシス様が私の肩を抱き寄せました。  
 私はその胸に顔をあずけ、そっと目を閉じました。

「今日、あなたがいてくれなかったら、私はきっと戦えなかった……」

「君が戦ったから、私はここにいる。君が歩みを止めない限り、どんな嵐でも共に越えられる」

「そんなふうに言われると、また泣いてしまいますよ……」

「泣けばいい。君の涙は、私の誇りだ」

 彼の手が髪を撫で、頬を拭います。  
 雷鳴が遠くで鳴り、雨が窓をたたきました。  
 けれどその音でさえ、いまは私たちの中に静けさを運んでくれる気がします。

「アレクシス様……」

「なんだ?」

「やっぱり、あなたの胸の中が一番安心します……」

「なら、好きなだけここにいるといい」

 そう言って彼は、軽く私を抱きしめなおしました。  
 ほんの一瞬、雷光が閃き、車窓に映る二人の影がより近づきました。
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