25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第41章 禁忌の草

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 翌朝、薬草園の片隅で、私は昨日の瓶をそっと見つめていました。  
 透明なガラスの中で、紫色の葉がゆっくりと朝の光を透かしています。  
 手に取るたび、あの使者たちの笑みが頭をよぎります。

「毒にも薬にもなる草、ですか……」

「そんな危ないもん、どうしてまた持ってきちゃったんですか、奥様!」

 背後からメアの声がして、私は笑いました。  
「観察するだけですよ。危険は承知しています」  
「そういう“少しだけ”が一番怖いんですよ!?」

 私が苦笑していると、遠くで人影が動きました。  
 アレクシス様です。朝の視察の途中らしく、手袋を外して風に当たっています。  
 ひと冬越えて、表情が少し柔らかくなったように見えました。

「アレク様、おはようございます」
「おはよう。……また珍しい草を抱えているな」
「昨日の紫の葉です。あのまま放っておけなくて……」

 アレクシス様は小さくため息をつかれました。  
「危険という言葉を辞書で引いたことがないのか……」
「ありませんね。危険の隣には、必ず“可能性”という言葉がありますから」

 言った瞬間、自分でも少し格好をつけすぎたと反省しました。  
 けれどアレクシス様は呆れたように笑って頷かれます。

「グレゴールが聞いたら説教が三時間は続くな」
「まあ、それは困りますよ。夕食が冷めてしまいますから」
「……やれやれ、君には敵わない」

 その声が優しくて、胸がくすぐったくなりました。

 私は小屋の奥に紫の葉を植えた鉢を運び、隔離区画で育てる準備を始めます。  
 土の配合、湿度、光の加減。慎重に整えていく作業は、危険であるほど集中できるものでした。

 アレクシス様は私の作業を見るでもなく、傍らで静かに立っておられました。  
 それがどこか、不思議な心地よさを生みます。

「……そういえば、アレク様」
「なんだ」
「春祭りの季節ですね。領民の皆さん、準備をなさっていましたよ」
「ふむ、例年通りだ。お前も参加してみるといい」
「本当ですか?」
「子どもたちが君を見たがっている。……“春を呼ぶ夫人”とやらを」

 その言葉に思わず笑みがこぼれました。  
 でも彼の表情がわずかに曇ったのを、私は見逃しませんでした。

「……アレク様? どうかされましたか?」
「いや、ただ、その名を呼ばれるたびに少し落ち着かないだけだ」

「え?……“春を呼ぶ夫人“ですか?」
「春など、昔の俺には関係のないものだと思っていた。長い冬のほうが性に合っていたからな」

「でも、春がなければ花は咲きませんよ」
「花など、見飽きたな」

 そう言いながらも、彼は私の手から鉢を受け取り、土を整える手伝いをしてくれました。  
 その指先の丁寧な動きに、私は胸がきゅっと締めつけられました。

「では、今度の春は違う花を咲かせましょうか」
「違う花?」
「ええ。私とあなたで育てる“新しい草”ですよ」

 私が言うと、アレクシス様はしばらく沈黙し、それから穏やかに微笑みました。  
「……好きにしろ。お前の植える花なら、どんな色でも好きになる」

 ――その笑顔を、きっと私は忘れません。

……◇……

 それから数日、私は禁忌の草の観察に没頭しました。  
 夜、灯りを落とした書庫の机で、古い薬学書をめくりながら筆を走らせます。

「繁殖性が高い……水気を好む……毒成分は蕾の段階で強まる……」

 ページの隅に、自分の未熟さを思い知らされる記述がありました。  
 “制御に成功した例なし。扱う者は慎むべし。”

「……そんなこと、言われても」

 つぶやいた声が夜気に溶けていきます。  
 あの日から、なぜかアレクシス様の表情が少しだけ険しくなった気がします。  
 書類の山を見つめる目にも、時折遠い影が差していました。

「またあの毒草の事件とかを思い出しておられるのかもしれませんね」

 メアが言いました。  

「ええ。でも、同じことが起きると思ってはいらっしゃらないでしょう」
「そう信じたいです。でも、やっぱり怖いのかもです」

 メアの声には寂しさがにじんでいました。  
 私も同じ思いです。彼が怯えているのは私ではなく、過去の幻影なのだと分かっていても――胸が痛みました。

……◇……

 翌日の昼下がり、貴族夫人たちが領地へ見学にやってきました。  
 私は案内役として薬草園を紹介しましたが、彼女たちの視線は冷たく光っていました。

「まあ、泥仕事がお得意だそうで」「草の香りを纏う公爵夫人なんて独創的ですわね」
 聞こえよがしの嘲笑に、メアがぷんすか怒っています。

「奥様、あんな失礼な婦人、ハーブで眠らせてやりましょうか!」
「だめですよ、メア。眠らせるより、笑い飛ばしたほうが早いですから」

 笑って返すと、少し離れた場所でアレクシス様がこちらを見ているのが見えました。  
 彼の目に、わずかに安堵の色が宿っています。

 見守ってくれている――それだけで、不思議と強くなれる気がしました。

 その夜。

「……手を、」
「え?」

 突然アレクシス様に呼び止められ、手を差し出すと、彼は私の指先についた土を丁寧に拭ってくださいました。  
 まるで宝石を扱うような仕草に、息が止まりそうになります。

「俺は、君がこの領地に来てから、ずいぶん変わったらしい」
「どんなふうにですか?」
「……心配事が増えた」

「それは……ごめんなさい」
「……いや、悪くない」
 彼は少しだけ笑って、それから目を伏せました。

「ただ、あの草だけは気をつけろ。もし万が一、お前まで……」
「大丈夫です。私は生きる方向だけを見ていますから」
「約束だぞ」

 彼の指が私の髪を撫で、頬へ触れました。
 その温もりは、真冬の夜に差し込む焚き火の灯りのようでした。

「君の手で春を呼ぶなら、俺はその風になりたいな」
「……では、次に吹く風は優しくありますように」

 見つめ合う視線の中で、静寂が流れました。
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