25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第42章 疑念の花

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 今年の春は、不思議なくらい花つきが早かったのです。

 薬草園のあちこちで蕾がほころび、村の子どもたちが「リリア様の春が来た!」と騒いでいました。  
 嬉しい声が響くたび、胸の奥が温かくなる——はずでした。

 けれど、その春風に紛れて、ひとつだけ心を刺すような違和感がありました。

「……香りが、重い?」

 私は庭の端に咲いた一輪の紫花に視線を落としました。  
 あの“禁忌の草”が、予定よりも早く花をつけていたのです。  
 しかも、どこか甘ったるい香りが辺りに漂っている。

「お前が植えたあの草、もう咲いたのか」
 背後から声がして、振り向くとアレクシス様が立っていました。  
 青い瞳の奥に、微かな警戒の光。

「はい。でも……まだ管理は行き届いています。すぐに調べて——」
「触るな」

 低く鋭い声に、私は思わず手を引きました。

「そ、それは……」
「香りが濃すぎる。何が起こるか分からん」

 アレクシス様が近づき、私を背に庇うように立たれました。  
 その手が肩に触れると、守られている安心と同時に、どこか切なさが胸を締めつけます。

(また……怖がらせてしまっている)

 彼にとって“毒”は忌まわしい記憶です。  
 しかし、事件の真実を知る私は、もう一度信じてもらいたかったのです。  
 毒草も、扱い方次第で癒しになると。

「……大丈夫です。今は違います。あの時の草とは——」
「違わん!」

 鋭い声に、言葉が途切れました。  
 一瞬、風が止まり、花弁が地面に散ります。  
 アレクシス様は小さく息を吐き、低く呟かれました。

「……すまない。取り乱した」

「いいえ。私こそ、軽率に扱ってしまいました」

 互いに視線を逸らし、沈黙が落ちます。  
 その沈黙の中で、微かに漂う花の香りが重く心にのしかかりました。

……◇……

 その二日後のことでした。  
 領内の村で、数人の患者が倒れたと報告が入ったのです。

「高熱と幻覚症状……?」
 私は医師から届いた報告書を読み、凍りつきました。  
 症状の記述から判断して、原因は恐らく——“禁忌の草”に酷似していました。

「そんな馬鹿な……隔離区画から出せるはずがないのに」

 私が動揺していると、扉が勢いよく開かれます。

「リリアーナ!」

 アレクシス様が急ぎ足で入り、報告書をひったくるように受け取られました。  
 その眉間には深い皺。  
 私を見るその目が、痛いほど真っ直ぐで――けれど、どこか怖いほどに冷えています。

「……説明できるか」

「はい。でも、私も原因を調査しています。許可なしに外に出したりは絶対に——」

「そうなんだな?」

 その一言が、胸に突き刺さりました。  
 アレクシス様の中に、ほんの僅かでも「疑い」があることが伝わってしまったのです。

「わ、私は……誓って」
「……すまない。だが現実に被害が出ているんだ」

 彼の言葉は理路整然としています。  
 それがまた、悲しいほどに遠く感じられました。

「……調べます。私が必ず、証明します」

 そう告げると、アレクシス様は短く頷きましたが、その目の奥にまだ不安が灯っていました。  
 メアがそっと肩に触れます。

「奥様……旦那様、怖かったんですよ」
「ええ、分かっています。アレク様は心配しているんです」

 外は冷たい風。春だというのに、空気が氷のように澄みきっていました。  
 私は薬草袋を背負い、村へ向かいました。

……◇……

 山裾の村は、静まり返っていました。  
 民家の扉は閉ざされ、こもった空気の中に薬草の煙が漂っています。  
 倒れた人々の様子を確かめながら、私は土壌を調べました。

(匂い……やっぱり、この香り……!)

 そうです。あの紫の草のもの。  
 けれど、園からは絶対に逃げ出せない場所にあったはず。

「これは……誰かが、持ち出した?」

 私は顔を上げました。  
 残された足跡、こぼれた花弁の数、乾いた泥。  
 すべてが、“意図的”な行動を示していました。

「誰かが、私たちを陥れようとしている……」

 その瞬間、背筋を冷たい汗が伝いました。  
 リューネの使者——あの不自然な笑顔。  
 彼らの目的が、本当に交易だけだったのか。

……◇……

 夕暮れに戻ると、アレクシス様が玄関で待っておられました。  
 私の顔を見るなり、彼は安堵の息を漏らします。

「遅かったな」
「すみません、村でサンプルを採っていました」

 彼は私の肩の泥を手で払い、少し目を細めました。

「……お前は、強いな」
「怖かったです。けれど、それ以上に、放っておけませんでした」

 見上げた青の瞳に、わずかに柔らかい光が戻っていました。  
 アレクシス様は私の髪を撫で、低く囁きます。

「頼むから、危険なことは一人で背負うな」
「はい。でも、あなたも信じてください。……私を」

 沈黙のあと、彼の手が私の頬を包みました。  
 その温もりが胸の奥まで染みわたり、涙がにじみます。

「……信じるさ。もう二度と、失うのは嫌なんだ……お前だけは」

「ありがとう……」

 互いに微笑んだ瞬間、外から風が吹き抜けて、紫の香りがふわりと漂いました。

 その香りに、二人して同時に気づきました。  
 アレクシス様が顔を上げ、私が息を呑む。

「……まさか、城の外にも」

 ――それは、確かに“あの花”の匂いでした。

 春風に混ざって、屋敷の方へと広がっていく。  
 まるで、見えない誰かが笑っているように。

「リリアーナ、すぐ城の封鎖を」
「はい!」
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