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「まあ、そうはよかったですわね」

 セーリーヌは目を伏せた。

 そして、アドニス侯爵を見上げた。

 彼の瞳には静かな情熱の色が宿っている。

 それに気がついたセーリーヌはなんだかいたたまれなくなった。

 しかし、その熱からは逃れることができないような気がしたのだ。

 アドニス侯爵はしばらくこちらを見下ろしていたかと思うと、唐突に口を開いた。

「あなたは殿下を守るために、身を挺して守った。そして大きなケガを負った。こんなに可愛らしいというのに」

「……!」

 心臓が高鳴った。

 なんてことを言うのだろうか、この人は! 

 まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

 耳まで熱くなるのがわかる。きっと顔も赤くなっているに違いない。

 ああ、でももうこのまま顔を隠してしまいたいくらいだ! 

 そんなセーリーヌの気持ちを知る由もなく、彼はただ黙ってこちらを見つめていた。

 彼の容姿は一見、怖い印象を受ける。

 しかし、その黒い瞳はとても優しい光を湛えていた。

 その瞳を見ていると、なぜだか胸が苦しくなってくる。

「わ、わたくし……、お、お見送りいたしますわね!」

 これ以上見つめ合っていられなくて、セーリーヌは目を逸らして立ち上がろうとする。

 なんとかベッドから出たものの、背中の痛みでうめき声を上げ、再びベッドに倒れ込んでしまう。

 アドニス侯爵が慌てて駆け寄ってきた。

「無理をするな」

 彼はそういうと、ゆっくりと身体をベッドに横たえてくれた。

 その大きな手から温かい体温が伝わってくる。

 セーリーヌはその感覚に安心感を覚えた。

 アドニス侯爵はセーリーヌの額に手のひらを乗せると、優しく撫でた。

 その手がとても心地良い。思わず目を細める。

──このままずっとこうされていたい……。

 そんなことを思ってしまった自分に驚いたセーリーヌは慌てて首を横に振った。

 彼は不思議そうにこちらを見つめている。

 なにか言わないといけないと思い口を開こうとしたが、彼のほうが早かった。

「おやすみ」

 そういうと彼は立ち上がって部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送りながらセーリーヌはそっと息を吐いた。
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