【完結】透明令嬢だったけれど、素敵な愛を知ることができました。

朝日みらい

文字の大きさ
2 / 47

(2)婚約者、そして彼の冷たい眼差し

しおりを挟む
婚約者――それは本来、愛を誓い合い、幸せな未来を約束する関係のはずだ。

だが、アリシア・ヴァレンティアにとってその響きは少しも甘くなかった。  

彼女の婚約者、レオン・ダウドリーは、冷徹で無愛想な青年だ。

顔立ちは申し分なく、鋭い目元としっかりとした顎のラインがどこか王者然とした威厳を醸し出している。

家柄も文句のつけようがない一流の貴族家――だが、それ以上に彼の心は氷のように冷たかった。  

「今日は、あなたと一緒に舞踏会に出席するつもりだったのですが…」  

その日、意を決して話しかけたアリシアに対して、レオンの反応はいつも通り簡素だった。  

「すみませんが、別の用事があります。」  

それだけ言うと、彼はアリシアを振り返ることすらなく、さっさと他の貴族たちの輪の中に入っていった。

彼の背中がスッと遠ざかるたびに、アリシアの胸の奥がギュッと締め付けられる。  

「別の用事ってなに?」と追いすがることもできず、アリシアはその場に立ち尽くした。

背筋を伸ばし、笑顔を作る――これがヴァレンティア家の令嬢としての最低限の振る舞いだった。  

だが、その笑顔も虚しいだけだ。

会場の誰も彼女に目を向けず、まるで存在しないかのように通り過ぎていく。

心の中でアリシアは苦々しくつぶやいた。  

(やっぱり私は空気みたいなものなのよね。レオンにとっても、ここにいる誰にとっても。)  

彼女は手にしていたグラスを置き、舞踏会の片隅へと移動した。壁際で立ちすくむ自分が、どうしようもなく哀れに思えてくる。  

(きっとレオンにとって、私はただの“道具”なんだわ。)  

レオンがヴァレンティア家との婚約を結んだ理由は明白だ。

アリシアの家柄と繋がることで、彼の家の政治的な立場を強化する――それが目的だ。

アリシア自身に価値があるわけではない。

彼にとっては、彼女の家族も、そしてアリシア自身も、ただの駒に過ぎない。  

舞踏会の夜が深まり、音楽が鳴り響く中、アリシアは黙って一人、部屋に戻った。

部屋に入ると、靴を脱ぐことさえ面倒になり、ベッドにそのまま倒れ込む。  

「私って、本当に誰かに必要とされているのかしら…?」  

呟きながら天井を見上げるが、答えは出ない。

それどころか、思考がぐるぐると巡り、胸の奥が痛くなってきた。  

しかし、そんな憂鬱な気分を振り払うかのように、アリシアは無理やり目を閉じた。そしていつの間にか、深い眠りに落ちていた。  

――その夜、アリシアは奇妙な夢を見た。  

夢の中で、彼女は広大な花畑に立っていた。

周りには誰もいないが、不思議と孤独ではなかった。風が優しく吹き抜け、花々が一斉に揺れる。  

「おい、そこのお嬢さん」  

声がした。

振り返ると、遠くに一人の青年が立っている。

ぼんやりとした夢の中でも、彼が誰なのかはっきりとはわからなかった。

ただ、その声にはどこか懐かしさを感じた。  

「あなたは誰?」と尋ねると、彼はニヤリと笑って近づいてきた。  

「俺か? 俺は、お前を笑わせるためにここに来たんだよ。」  

夢の中の青年はふざけた口調でそう言った。

アリシアは思わず「そんなのあるわけないでしょう」と返したが、その瞬間、自分でも驚くほど自然に笑みがこぼれた。  

目が覚めたとき、アリシアはその夢をぼんやりと思い出していた。  

(誰だったのかしら…あの人。)  

もちろん、答えはない。

ただその夢が、彼女の心にかすかな希望の光を灯したことだけは確かだった。  

舞踏会では冷たく扱われた夜だったが、夢の中の青年の言葉が、いつまでも心に残った。  

「お前を笑わせるためにここに来たんだよ」  

――アリシアの憂鬱な日々が少しずつ変わり始めるのは、そんな夢を見た翌朝からの話だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する

satomi
恋愛
醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。    もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...