【完結】透明令嬢だったけれど、素敵な愛を知ることができました。

朝日みらい

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(3)邂逅の瞬間 

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次の日、アリシアは朝の光が差し込む廊下を歩いていた。

いつもなら部屋に閉じこもりがちだが、今日は少し気分が軽い。

昨日見た夢のせいだろうか。

「お前を笑わせるためにここに来たんだよ」と言った謎の青年の言葉が、何度も頭の中で反響していた。  

「笑わせる…か。そんなこと、本当にできる人がいたらいいのに」  

一人で呟きながら、ふと庭園への扉を開ける。

冷たい風が頬に触れ、木々の間をすり抜ける。

庭は、春の訪れを告げるように色とりどりの花でいっぱいだ。

花びらが揺れる音がどこか心地よい。  

アリシアは自然と足を進め、手の届く位置に咲く白いバラを見つめた。  

「こんな静かな時間がもっとあればいいのに…」  

小さくつぶやいたその瞬間、不意に背後から声がした。  

「花が好きなんですか?」  

驚いて振り返ると、そこには青年が立っていた。

レオネル・ヴァルモンド――彼の名前は聞いたことがある。

家柄は高くないが、腕の立つ騎士として知られる人物だ。

しかし、それ以上に彼はどこか普通の騎士とは違う雰囲気をまとっていた。  

「ええ、花が好きです」とアリシアは返事をする。  

それは、半分は礼儀、半分は本音だった。

花が好きだと誰かに言ったのはいつぶりだろう。

レオネルの柔らかい目元が彼女を見つめる。  

「そうなんですね。花に興味を持つ人はたくさんいますが、こうして静かに楽しむ姿を見るのはいいものです。」  

彼の言葉に、アリシアは少し戸惑いながらも、ふっと微笑みを浮かべた。  

「私は…あまり目立たない人間なので、静かな場所の方が落ち着くんです。」  

するとレオネルが驚いたように眉を上げた。  

「目立たない? あなたが? それはないでしょう。」  

「どうしてそう思うんですか?」と、アリシアは思わず問い返す。  

「だって、こうして話している間も、あなたのことをつい目で追ってしまいますから。」  

その答えに、アリシアは少し顔を赤らめた。

そんなことを言われるのは初めてだった。  

「きっとお世辞ですわ。」  

「お世辞なんて、あまり得意じゃないんです」と、レオネルが真剣な表情で続ける。

「でも、あなたが花に囲まれている姿を見ると、思わず素直な気持ちが口をついて出てしまいます。」  

アリシアは戸惑いながらも、その言葉の真剣さに胸が温かくなるのを感じた。  

「そんなことを言われたのは、初めてですわ。」  

「意外ですね。」

レオネルが微笑む。

「あなたの周りには、もっと素敵なことを言える人がたくさんいると思っていました。」  

「それが、意外といないんです。」  

その言葉に、二人は同時に笑い出した。

アリシアにとって、久しぶりに心から笑った瞬間だった。  

「ところで、あなたは庭園に来るのが日課なんですか?」  

レオネルが問いかける。

アリシアは小さく首を振った。  

「いいえ、今日はただ…何となく歩きたくなって。」  

「それは良いことだ。」と、レオネルは軽い調子で返す。

「こうして話す機会ができたんですから。」  

その言葉に、アリシアは思わず視線を逸らした。

普段ならば、こんな風に誰かと親しく話すことはない。

それが、今日はどうしてこんなに自然なのだろう。  

「あなたは、いつもそんな風に誰とでも話すんですか?」  

「ああ、いえ。」とレオネルは肩をすくめる。

「実は、そんなに社交的じゃないんです。ただ、今日は何か特別な感じがしたので、つい声をかけてしまいました。」  

「特別な感じ…?」  

「ええ。」と、レオネルが少し真剣な顔で続ける。

「たとえば、静かな庭で、一人の女性が花を見つめている――それだけで、何か話さずにはいられなくなることって、あるんですよ。」  

その言葉に、アリシアは心がじんわりと温かくなるのを感じた。  

「あなたがそう感じたのなら、きっと私も特別な一日を過ごせそうですわ。」  

レオネルは微笑み、軽く頭を下げた。

「それなら光栄です。」  

その日、アリシアの心は久しぶりに軽やかだった。

レオネルと交わしたささやかな会話が、彼女にとって大きな支えになったのだ。

庭園の花々が鮮やかに咲き誇る中で、彼女は一瞬、夢を見ているような気持ちになった。  

そしてその日から、アリシアが庭園を訪れる日が増えていくのは言うまでもない。
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