【完結】透明令嬢だったけれど、素敵な愛を知ることができました。

朝日みらい

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(18)執務室でのひととき 

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アリシアはしばらく黙って考え込んだ。

何も答えられない自分に少し苛立ちを感じたが、すぐにその気持ちを押し込める。

ヴァレンティア侯爵の言葉が心の中でこだまする。

「家のため、貴族としての責任を果たさなければならない…」

その通りだ。彼女はわかっていた。

しかし、胸の奥で湧き上がる反発の気持ちが消えない。

父が言う通り、結婚は家のために必要だとしても、彼女にはどうしても受け入れがたいものがあった。

「ああ、もう…」

アリシアはふと、心の中で思わずため息をついた。

ヴァレンティア侯爵が心配そうに彼女を見守っているのを感じ、気を取り直して話し始める。

「父様、私は自分の心を大事にしたいの。」

アリシアは立ち上がり、静かに歩きながら言った。

「幸せって、無理に作るものじゃないわ。私には…今は、まだわからないけど、こうやって家のために誰かと結婚して幸せになれる気がしないの。」

ヴァレンティア侯爵は深いため息をついた。

「アリシア、おまえは若いからまだわからないかもしれないが、結婚はお前一人のことではない。家族や家系のために、おまえには責任があるんだよ。」

「でも、父様。」

アリシアは突然立ち止まり、振り返った。彼女の瞳に何かが宿る。

「どうして私がそんなに『家のため』ばかり考えなければならないの? それこそ、何のために生きているのかわからなくなるわ。」

「おまえは…」

ヴァレンティア侯爵は少し驚いた表情を浮かべた。

「どうしてそんなに急に心が変わった?」

「心が変わったんじゃなくて、気づいたの。」

アリシアは肩をすくめて、少しだけ笑みを浮かべた。

「私ももう大人なんだなって。」

ヴァレンティア侯爵はふうと息を吐きながら、アリシアを見守った。

彼は結局、何も言わなかった。ただ、アリシアの眼差しがどこか強くなったのを見て、ようやく理解した。

「…そうか。」

彼はしばらく黙った後、穏やかに言った。

「おまえが本当にそれで幸せなら、私もそれを尊重しよう。誰か一人でも心から愛せる相手を見つけてほしい、そう願っているんだ。」

アリシアは少し驚いた。

政略結婚により母と結ばれた父親がこんな風に話すなんて、まるで想像できなかったからだ。

しかし、すぐに口元を緩めて、やや冷静な声で答えた。

「父様に愛ね…」

アリシアは少し考え込んだ。

「それって、そんなに大事だった?」

「そうだ。それが、人生に深みを与えるからだ。わたしには少々足りなかったかもな。」

ヴァレンティア侯爵は微笑んだ。

「おまえの心が満たされ、相手と共に過ごす時間がどれほど大切なものか、きっとわかる日が来るのを願うよ。」

アリシアは何とも言えない気持ちでその言葉を受け入れた。

彼女はしばらく黙って考えていたが、ついに顔を上げて、父に向かって少しだけ笑顔を見せた。

「…わかりました。でも、すぐには決められないわ。」

アリシアは苦笑いをしながら、窓の外に目を向けた。

「でも、心の中には、いつも考えている人がいるの。」

「誰だ?」

ヴァレンティア侯爵は気になる様子で聞いた。

アリシアはほんの少し顔を赤くした。

思わず口をつぐんだが、少し悩んだ後、ついに口を開いた。

「…それは秘密よ。」

彼女は、少しの間微笑みながら言った。

「でも、もしかしたら、あの人が私にとって…一番大切な人かもしれないわ。」

ヴァレンティア侯爵は一瞬目を見開いたが、すぐに何も言わずにうなずいた。

「それがおまえの選んだ道なら、私は何も言わない。ただ、どんな結果でも後悔しないように。」

アリシアは少し顔を紅潮させたが、それを隠すように微笑んだ。

「ありがとう、父様。」

そして静かに部屋を出る準備をした。

外は既に夕暮れ時。

アリシアは庭に足を踏み入れ、深呼吸をして空を見上げる。

冷たい風が髪を揺らすが、それが少し心地よい。

「レオネル…」

アリシアは心の中で呟く。名前は口に出せないが、顔が浮かんできた。
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