【完結】妹の不要品を押し付けられていたら、素敵な婚約を勝ち取りました! ~耐え続けた姉の華麗なる逆転劇~

朝日みらい

文字の大きさ
1 / 12

第1章 お古をあげる優しい妹

しおりを挟む
 「お姉さま、これ、もういらないからあげますわ」

 その一言を聞いた瞬間、わたしは――またか、と小さくため息をつきそうになりました。

 けれど、笑顔を崩すことなく「……ありがとう、セレーネ」と受け取ります。

 妹のセレーネは、今日もいつものように完璧でした。

蜂蜜のようにつやめく金色の髪を高々と結い上げ、宝石をちりばめた髪飾りをゆらめかせて。

着ているのは王都の新しい仕立て屋で流行り始めているシルクドレス。

明るいエメラルド色の瞳がきらめけば、周囲の学院の令息・令嬢たちが「まあ……」「素敵」と、またもため息をつくのです。

 ……そして、なぜでしょうね。

わたしの手に押し付けられたのは、その華やかな舞台からはすでに降ろされた「要らなくなったドレス」や「少し型の古い装飾品」にほかなりません。

 「お姉さまはいつも優しいから、差し上げたら大事にしてくださるでしょう?」

 そう囁いた妹の笑顔の裏には、ほんのりと冷たい毒が潜んでいるのです。

 学院の中で流れている噂をご存じですか?

 「可哀想なお姉さま。要らなくなったものばかり持たされているのに、いつも笑って受け取っていらっしゃるの」

 ……ああ、その噂を広めたのは他ならぬ、妹セレーネ自身でしょう。

 わたしは苦笑を浮かべるしかありません。

 ――だって、もし突っぱねればどうなるかは明らかです。

 「まあ、クラリッサさまって冷たいのね。あんな優しいセレーネさまに物を譲られるのを嫌がるなんて」

 そんな風にささやかれる未来が見えるのです。

 だからわたしは、受け取るしかないのです。

 けれど……。

 「ありがとうね、セレーネ」

 そう言って笑みを返しながら、内心でそっと呟きます。

――今日も、これで糸と針を走らせることができます、と。



 日が落ち、学院から戻ったわたしは屋敷の奥にある倉庫へ足を運びました。

 そこはもう、いつからこうなっていたのでしょう。

妹の不要品が山のように積まれた小さな宝の城。

流行がほんの少し過ぎただけで捨てられたドレス、裾がわずかに破れたマント、宝石の外れた髪飾り……。

 一見すればただの「古びたもの」ですが、わたしの目には違って映ります。

 ――これから再び輝きを取り戻す原石たち。

 「さあ、今日も少しだけ頑張りましょう」

 机の前に座って糸と針を取ると、指は自然と動き出します。

裾をほどいて長さを調整し、刺繍を新しい図案に変え、宝飾を位置も色も工夫して取り付け直す。

それだけで――別物のように生まれ変わるのです。

 わたしにとっては、息を吸うように当たり前のこと。ずっと誰にも知られずやってきました。

 でも今、わたしには小さな秘密があります。

 ……お直ししたドレスをこっそりブルネール商会に流したら、思いがけず「幻の仕立て人の作品」と評判になってしまったのです。

もちろん名前は伏せられていますが、そのおかげで我が家の台所はほんの少し潤いを見せています。

 「わたしの手でも、何かできるのよね」

 そう実感できるたびに、胸の奥がくすぐったく温かくなるのです。


 今日もまた、桃色のドレスの裾にある汚れを丁寧に洗い落とし、小さなほつれを修理します。

それから、デザインを変えるために、リボンをすべてほどきました。

ふわりとほどけるリボンは、まるで小さな蝶が舞うかのようです。

 そのリボンをどう使うかを考えました。

 きっと、元の桃色のドレスとは全く違う、もっと大人っぽくて、でも可愛らしいドレスに生まれ変わるでしょう。

 裁縫道具を取り出しました。

 針を動かします。

 リボンをほどきます。

 糸を引きます。

 カチャリ、カチャリと、針が布を縫い付けていく音が、静かな部屋に響きます。

 その音は、まるで、わたしの心の奥底に眠っていた、彼のことを思い出すのです。

 ダリオ・グレンフォード──わたしの初恋の人。

 十歳の頃、庭園で転んだわたしに手を差し伸べ、優しく抱きしめてくれた少年でした。

 「その刺繍……素敵だね」

 私の裁縫を一番に褒めてくれたのもダリオでした。
 
 彼に会うのが何よりの楽しみとなり、この世で一番の幸せを感じていました。

 けれど、家の事情で彼はセレーネと婚約させられ、その幸せは儚く消えてしまったのです。

 今朝も、楽しそうに「ダリオ様とのお茶会は、本当に楽しくて」と話していました。

 つらい……。でも、負けたくない。

 わたしは、ただの「不要品を押し付けられる可哀想な姉」ではない。

 自分の手で未来を切り拓く力がある。

 この針と糸が、きっと、わたしを救ってくれる。

 そして、未来は、きっと……素敵な未来と繋がっているはず。

 強く、針を握りしめました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

家族の肖像~父親だからって、家族になれるわけではないの!

みっちぇる。
ファンタジー
 クランベール男爵家の令嬢リコリスは、実家の経営手腕を欲した国の思惑により、名門ながら困窮するベルデ伯爵家の跡取りキールと政略結婚をする。しかし、キールは外面こそ良いものの、実家が男爵家の支援を受けていることを「恥」と断じ、リコリスを軽んじて愛人と遊び歩く不実な男だった 。  リコリスが命がけで双子のユフィーナとジストを出産した際も、キールは朝帰りをする始末。絶望的な夫婦関係の中で、リコリスは「天使」のように愛らしい我が子たちこそが自分の真の家族であると決意し、育児に没頭する 。  子どもたちが生後六か月を迎え、健やかな成長を祈る「祈健会」が開かれることになった。リコリスは、キールから「男爵家との結婚を恥じている」と聞かされていた義両親の来訪に胃を痛めるが、実際に会ったベルデ伯爵夫妻は―?

契約書にサインをどうぞ、旦那様 ~お飾り妻の再雇用は永年契約でした~

有沢楓花
恋愛
――お飾り妻、平穏な離婚のため、契約書を用意する。  子爵家令嬢グラディス・シャムロックは、結婚式を目前にしてバセット子爵家嫡男の婚約者・アーロンが出奔したため、捨てられ令嬢として社交界の評判になっていた。  しかも婚約はアーロンの未婚の兄弟のうち「一番出来の悪い」弟・ヴィンセントにスライドして、たった数日で結婚する羽目になったのだから尚更だ。 「いいか、お前はお飾りの花嫁だ。これは政略結婚で、両家の都合に過ぎず……」 「状況認識に齟齬がなくて幸いです。それでは次に、建設的なお話をいたしましょう」  哀れなお飾り妻――そんな世間の噂を裏付けるように、初夜に面倒くさそうに告げるヴィンセントの言葉を、グラディスは微笑んで受けた。  そして代わりに差し出したのは、いつか来る離婚の日のため、お互いが日常を取り戻すための条件を書き連ねた、長い長い契約書。 「こちらの契約書にサインをどうぞ、旦那様」  勧められるままサインしてしまったヴィンセントは、後からその条件を満たすことに苦労――する前に、理解していなかった。  契約書の内容も。  そして、グラディスの真意も。  この話は他サイトにも掲載しています。 ※全4話+おまけ1話です。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...