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第2章 噂好きな学院と姉妹の格差
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学院の大広間を歩くだけで――わたしと妹との差は誰の目にも明らかでした。
「まあ、セレーネさまのお召し物、なんて素敵なのかしら」
「やっぱり今年の流行はもう取り入れていらっしゃるのね」
廊下の端から小声が漏れるたび、妹は得意げに微笑み、薄く揺らした蜂蜜色の髪をきらめかせます。
蜂蜜というより金の滝かしら、と思うほど輝いて見えるのも事実で、わたしは横に立ちながら、なんだか置物のような気分になってしまうのです。
「お姉さま、ちゃんと前を向いて歩いてくださいな。うつむいていては余計に『冴えない』って噂されてしまいますわよ」
さらりと言ってのける妹の笑顔には毒も棘もありません。
けれどその一言が、胸にちくんと刺さります。
わたしは努めて柔らかく笑いました。
「……ありがとう。気を付けますわ」
――なんて従順な姉、でしょうか。学院中の人たちから見れば。
学院でのわたしは「優しい姉が、妹を陰ながら支えている」――そのように噂されております。
「セレーネさまがあれほど輝けるのは、クラリッサさまという姉君が控えていらっしゃるから」
「慈愛深い姉と、華やかな妹……まるで聖女と女神のような姉妹ね」
……それを広めている張本人は、皮肉にも妹セレーネなのです。
わざとらしく「お姉さまがいつもわたくしを立ててくださるおかげですわ」などと人前で口にして。
もちろん真実は違います。
わたしは不要品を押し付けられる姉であり、ただ拒めずに「はい」と受け取り続けてきただけ。
でも、人は中身より耳に届く噂を信じるもの。
学院に集う貴族の子弟たちは、わたしを“善良な姉”と勝手に祭壇に祭り上げます。
……ありがたいと感謝した方がいいのでしょうか。
でも、ときどき息苦しくなるのです。聖女と呼ばれるたび、わたしという存在が「可哀想で健気な姉」という偶像にすり替わっていくみたいで。
そんな日の放課後は決まって、屋敷の奥の倉庫に逃げ込みます。
机に広げたのは、妹から手渡されたやや古いドレス。
袖口が擦れて色あせているけれど、仕立て直せばきっと息を吹き返すはずです。
「ふふ……大丈夫。まだまだ使えるわ」
誰もいない倉庫。
針を取ると、心臓の痛みも嘘のように落ち着きます。布に寄り添い、刺繍をほどき、色糸を新しく施す。
針先がつん、と布を突き抜ける音は、小気味いい音楽のよう。
人から押し付けられた“お古”たちが、まるで蘇る瞬間。
……その様を見ているときだけ、わたしは「わたしにも役目がある」と信じられます。
翌日の学院も、やはり妹の舞台でした。
わたしたち姉妹が揃って講堂に入るやいなや、周囲から歓声めいたざわめきが走ります。
「セレーネさま、本日のお召し物はサンドリヨン仕立て?」
「まあ流行を押さえるなんてさすが!」
妹は、さらさらと手を振りながら堂々と答えます。
「ええ、でもこれを選ぶときにお姉さまがさっと意見をくださったの。感謝しているのです」
――そんなこと、一度もしていません。
でもわたしは「いいえ、大したことはしていませんわ」と笑う以外に術はありません。
ひそひそ声が次々と追いかけてきます。
「やっぱりクラリッサさまって素敵。あんなに控えめなのに妹思い」
「本当に聖女さまみたいね」
……もう、笑うしかないのです。
その日の昼休み、学院中をにぎわせる新しい噂が飛び交いました。
「隣国から、とんでもなく素敵な留学生がいらしたんですって!」
「なんでも、碧い瞳を持つ王子様なのだとか!」
わたしが耳を疑う間に、妹はすでに瞳を輝かせていました。
「まあ……王子様! しかも異国から? 素敵すぎますわ!」
口元に両手を当てて、夢見る乙女のように。
その仕草さえも愛らしいと、人々は囁き合います。
わたしは胸の奥に小さな溜息を打ちながら、ただ聞いていました。
――きっとまた、妹は舞台の中心に立つのでしょう。
けれどその日の午後、本当に学院の大広間に姿を見せた方を目にして、わたしは心臓を奪われました。
輝くような金髪、凛としたサファイア色の瞳。
噂の留学生――アレクシオン・ヴァルハルト殿下。隣国からの王子様が、学院に通われることになったのです。
周囲の空気が一変しました。視線も声も、すべてそのお方に吸い込まれていきます。
わたしも思わず、針を持つ指のように固まってしまいました。
――そして隣で妹の目に宿った、爛々とした野心の光を見てしまったのです。
胸の奥でちくりとした痛みを覚えながら、わたしは小さく息を呑みました。
「……また、わたしは巻き込まれてしまうのかもしれません」
「まあ、セレーネさまのお召し物、なんて素敵なのかしら」
「やっぱり今年の流行はもう取り入れていらっしゃるのね」
廊下の端から小声が漏れるたび、妹は得意げに微笑み、薄く揺らした蜂蜜色の髪をきらめかせます。
蜂蜜というより金の滝かしら、と思うほど輝いて見えるのも事実で、わたしは横に立ちながら、なんだか置物のような気分になってしまうのです。
「お姉さま、ちゃんと前を向いて歩いてくださいな。うつむいていては余計に『冴えない』って噂されてしまいますわよ」
さらりと言ってのける妹の笑顔には毒も棘もありません。
けれどその一言が、胸にちくんと刺さります。
わたしは努めて柔らかく笑いました。
「……ありがとう。気を付けますわ」
――なんて従順な姉、でしょうか。学院中の人たちから見れば。
学院でのわたしは「優しい姉が、妹を陰ながら支えている」――そのように噂されております。
「セレーネさまがあれほど輝けるのは、クラリッサさまという姉君が控えていらっしゃるから」
「慈愛深い姉と、華やかな妹……まるで聖女と女神のような姉妹ね」
……それを広めている張本人は、皮肉にも妹セレーネなのです。
わざとらしく「お姉さまがいつもわたくしを立ててくださるおかげですわ」などと人前で口にして。
もちろん真実は違います。
わたしは不要品を押し付けられる姉であり、ただ拒めずに「はい」と受け取り続けてきただけ。
でも、人は中身より耳に届く噂を信じるもの。
学院に集う貴族の子弟たちは、わたしを“善良な姉”と勝手に祭壇に祭り上げます。
……ありがたいと感謝した方がいいのでしょうか。
でも、ときどき息苦しくなるのです。聖女と呼ばれるたび、わたしという存在が「可哀想で健気な姉」という偶像にすり替わっていくみたいで。
そんな日の放課後は決まって、屋敷の奥の倉庫に逃げ込みます。
机に広げたのは、妹から手渡されたやや古いドレス。
袖口が擦れて色あせているけれど、仕立て直せばきっと息を吹き返すはずです。
「ふふ……大丈夫。まだまだ使えるわ」
誰もいない倉庫。
針を取ると、心臓の痛みも嘘のように落ち着きます。布に寄り添い、刺繍をほどき、色糸を新しく施す。
針先がつん、と布を突き抜ける音は、小気味いい音楽のよう。
人から押し付けられた“お古”たちが、まるで蘇る瞬間。
……その様を見ているときだけ、わたしは「わたしにも役目がある」と信じられます。
翌日の学院も、やはり妹の舞台でした。
わたしたち姉妹が揃って講堂に入るやいなや、周囲から歓声めいたざわめきが走ります。
「セレーネさま、本日のお召し物はサンドリヨン仕立て?」
「まあ流行を押さえるなんてさすが!」
妹は、さらさらと手を振りながら堂々と答えます。
「ええ、でもこれを選ぶときにお姉さまがさっと意見をくださったの。感謝しているのです」
――そんなこと、一度もしていません。
でもわたしは「いいえ、大したことはしていませんわ」と笑う以外に術はありません。
ひそひそ声が次々と追いかけてきます。
「やっぱりクラリッサさまって素敵。あんなに控えめなのに妹思い」
「本当に聖女さまみたいね」
……もう、笑うしかないのです。
その日の昼休み、学院中をにぎわせる新しい噂が飛び交いました。
「隣国から、とんでもなく素敵な留学生がいらしたんですって!」
「なんでも、碧い瞳を持つ王子様なのだとか!」
わたしが耳を疑う間に、妹はすでに瞳を輝かせていました。
「まあ……王子様! しかも異国から? 素敵すぎますわ!」
口元に両手を当てて、夢見る乙女のように。
その仕草さえも愛らしいと、人々は囁き合います。
わたしは胸の奥に小さな溜息を打ちながら、ただ聞いていました。
――きっとまた、妹は舞台の中心に立つのでしょう。
けれどその日の午後、本当に学院の大広間に姿を見せた方を目にして、わたしは心臓を奪われました。
輝くような金髪、凛としたサファイア色の瞳。
噂の留学生――アレクシオン・ヴァルハルト殿下。隣国からの王子様が、学院に通われることになったのです。
周囲の空気が一変しました。視線も声も、すべてそのお方に吸い込まれていきます。
わたしも思わず、針を持つ指のように固まってしまいました。
――そして隣で妹の目に宿った、爛々とした野心の光を見てしまったのです。
胸の奥でちくりとした痛みを覚えながら、わたしは小さく息を呑みました。
「……また、わたしは巻き込まれてしまうのかもしれません」
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