【完結】幼馴染みに婚約破棄をお願いされましたが、そんなのお戯れですから!

朝日みらい

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 翌日の放課後、終礼がおわって教室から飛び出すと、校門前で待機していたトマス様の馬車にのりこみます。すでにトマス様は向かいの席にいて、御者に合図をすると都のおしゃれ街道まで向かいました。

 その街道沿いには、都随一の服飾店が軒を連ねていて、高貴の紳士淑女たちが通りを闊歩しています。

「夜会にはどんな服を着ようかな? シンプルなものがいいかな。それともゴージャスなものがいいかな……」 

 わたしは店内に飾られている入れ取り取りのドレスを見くらべながら、困った顔をトマス様に向けます。

「たくさん迷って、一番のものを選べばいい」

「そうね! 意見おしえてよ。正直に言ってよね」

「分かった、分かった」

 二時間も試着を繰り返して、やっと薄い水色のシンプルなドレスに決めました。ほかに比べたら高くはないです。でも、生地には星の形の小さな宝石が縫い込まれていて、光にあたるとキラキラ輝くのです。それはわたしにぴったりだし、なによりトマス様も気に入ってくれました。

「支払いはぼくがする」

 トマス様が会計にむかうので、わたしはあわてて、

「だめよ。わたし、もってきてるのよ」

と止めようとしました。

「誘ったのはぼくだ。最後の贈り物くらいさせてくれ」

(……最後?)

 トマス様は支払いと配送の手続きを済ませて、馬車で帰路についた時にはもう夕方になっていました。

「エメリー、わがホークリー家の鉱山開発のうわさ話、覚えてる? 上手くいってないこと」

「あれはわたしのお母様の単なる噂だったのでしょ?」
 
 わたしは妙な胸騒ぎをおぼえて、トマス様を見つめます。

 トマス様は「ふう」と息をつき、

「あれは、本当だ。エザベル嬢の父親の会社から借りた金は返す見込みが見えないんだ。来月までに返済できなければ、我が家は破産する。父上は現地の鉱山に出かけて帰らず、母上は寝込んでしまった」

「……!」

 わたしは言葉を失ってしまいました。

 トマス様は深刻そうに眉をよせて、

「……それで、エザベル嬢の父上が借金を帳消しにする見返りに、娘と婚約するよう迫ってきたんだ」

 トマス様はたまらず顔を背けて、「もし破産して、路頭に迷ったぼくと結婚したらきみは不幸になるだろ?」

 しばらく沈黙がありました。すでに馬車はわたしの屋敷の前に到着していました。

「ふ、ふふふふっ! だから最後かあ!」

 わたしはおかしくなって笑い出しました。おまけに涙まで出てきました。

「何がおかしい? なぜ泣くんだ」

 とまどうトマス様に近づくと、「こんなことぐらいのことでわたしと離れられると思ったの?」

と彼の両頬に手をあてました。

「ねえ、トマス! 無一文でもわたしは一生あなたの大好きなクッキーを焼き続けるよ。あなたがどんな格好だって気にしない。だから安心して」

 トマス様からうっすらと涙がにじんできました。

「まったく……かなわないよ、エメリー」 

「そうよ、だって愛してるんだもの」

 わたしたちは熱い接吻をして、かたく抱きしめあいました。

***

 エザベル嬢の夜会は湖畔の別荘で盛大に行われました。星々が輝く中で、屋敷のいたるところにキャンドルが置かれていて、まるで地上にも星屑が落ちてきたようです。

 わたしはトマス様の馬車でいっしょに手をつないで、パーティー会場に入場しました。

「やっぱりきみたちは、お似合いだね」

 アレクセイ様がわたしたちを見て歩み寄り、自分事のように喜んでくださいます。

「ドレス、お似合いね」

「エメリー、すごく綺麗」

 ほかの女友だちにもかこまれて、優しい言葉をかけてくれるのに、エザベル嬢はなんとも腹立たしそうな顔つきをして近づいてきました。

「トマス様? エメリー嬢とごいっしょに来るなんて……。婚約は白紙になさって来られるんじゃ? それともわたしやお父様に待ちぼうけをさせて借金を滞納しつづける気?」

 エザベル嬢は、これまたゴージャスなロングドレスで、真っ赤なバラ色に、V字に胸元が開いていてなんとも魅惑的な格好です。

 遠巻きの、ほかの殿方の目が釘付けになるなか、トマス様は別に素知らぬ顔をしています。

「エザベル嬢、変なことは言わないでほしいね。今日は婚約者だけのダンス披露があるから、僕らは来ただけだ。それに婚約の破棄はエメリーの許可なくできないだろ。エメリーはそれを断ったし、ぼくもしたくないんだ。だから約束は白紙だ」

「……んたく。とんだへ理屈を。でも、そんなことはできなくてよ。今晩はエメリー嬢ではなく、わたしと踊るんだから! そうしないとあなたは破産よ」 

 エザベル嬢は怒りで紅潮した顔を扇で隠すと、ほかの来賓者のもとへと去っていきました。

 わたしがトマス様を見あげると、彼もひどく不快そうに眉を上げています。

「笑顔よ! あんな方、放っておきましょう」

 わたしは励ましたくて、思い切り頬をもちあげました。

「……そうだな」

 トマス様は気持ちを落ち着かせようと深く息をしました。

「そうだわ。ダンスの前に何か元気の出そうなドリンクをもらってくるね」

 わたしはトマス様から離れて、トレイに飲み物をのせた給仕係のボーイを呼び止めました。

「うんと冷たくて甘いの、お願いします。嫌な気分をすっきりできるグラス二つね!」 

 ボーイは、にやりと首を振りました。

「でしたら、今出回っているグラスは全部ぬるくなっていますよ。じつは甘くてガンガンに冷えている取っておきが準備室にあります。どうぞ、わたしについてきてください」

「そう? なら……」

 陽気なボーイは軽やかな足取りで人ごみの間をぬけて、会場の隅にある裏口にわたしをまねき入れました。そこはうす暗い廊下が続いています。

「あの……? 飲み物どこでしょう?」

 冷や汗が出てきます。わたしはこわくなってひきかえしドアノブを回しましたが、どうしても開きません。

「開かねえよ。仲間が外で塞いでるからな」 

と、ボーイが怖い顔をして言い、上着からナイフを取り出しました。

「乱暴は……やめて」

 わたしの口の中は恐怖でカラカラになって、肩は小刻みに震えていました。

「さあ、奥の壁まで歩け。のろのろするなよ」

 わたしが壁ぎわまで歩いて行くと、ボーイは脇に準備してあったバケツをとりあげて、

「エザベルお嬢よりプレゼントだよ、ほら!」

とわたしに引っかけたのです。

「キャーッ!」

 悲鳴をあげて、わたしはその場に倒れてしまいました。
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