15 / 20
異世界
15 聖剣
しおりを挟む
遠のく意識の中で、イリスの白い手が見えた。
温かで、柔らかな、ひどく心安らぐ光が目の奥に広がる。
「――ね、大丈夫だから」
白い光の向こうから、イリスが自分を呼んでいる。その声に導かれるままに、手を引かれるままに、ケンの意識は闇を抜ける。
遠く見えていた白い光が、やがて視界をいっぱいに覆い尽くして。
瞼を開けた向こうで、銀髪の少女が『剣』になった俺をつかんでいた――。
「ま、待って! 俺がこんな剣になってるぜ?」
イリスは音を立てて、その大剣を鞘から引き抜き、鈍い輝きを放つ先端を魔女へ向けたが、傷ついた身体と、剣のあまりの重さに、よたよたと足をふらつかせる。
それに対し、魔女はにやにやと唇をまげて言い放つ。
「レベル0の能無しが、『聖剣』ランハルトに化けたところで……レベル500で、ダメージ受けたあんたが使いこなせるものかね?」
魔女はそう言い捨てると、棍棒を投げ捨てた掌を、『聖剣』になったケンの方へと向ける。
即ち、それは掌中にあった火球を投じる動きだ。
魔女がみるみる膨れ上がる火球を放つと、確実にイリスの身を焼き尽くさんと迫りくる。
それを眼前に、ケンはとっさに、自分自身で剣の体を横に飛ばして、
「1000倍にしてぶっつぶす」
と、鋼の体はその思考にしたがって軽やかにイリスの手の中で軽やかに踊るように、火球をはじき返す。
「――っ!」
魔女は短い悲鳴が上げた。
火球が衝突する瞬間、目前に迫る赤熱の死を前に、魔女は瞬きすら忘れた。
威力が1000倍に達した火球は、その身を焼き尽くさんと、そのその四肢をこちらの体を包み込むように伸ばした。
刹那、先んじて魔女の全身を覆うように青白い輝きが展開、それは人体を一瞬で蒸発させるような熱量に対し、真っ向から火力を競い――結果、白い蒸気だけを残して相殺せしめて、石壁まで楕円状に吹き飛ばした。
イリスはほっとして、全身の力が抜けて、崩れ落ちるように両膝をついて、へたりこんだ。
胸に痛みでも覚えたように唇を噛み、『聖剣』を手からおろして床に置く。
すると、ケンもまた元のレベル0の男になって、向かい合うようにひざまずいていた。
「――助かった。死ぬかと思ったぜ」
やがておずおずと、イリスの指先が差し出され、ケンの掌と絡み、柔らかな握手が交わされた。
「ありがとう」
「俺だって。この世界で実力が不足してんのは百も承知だし、俺は剣もろくに振れなきゃ、魔法だってできねえけど。きみを助けられたんなら、すげえうれしいんだ」
イマダ・ケンは悲しいぐらい凡庸な人間であり、異世界出身である以外はこれといった特徴はなにもない。
これまでの人生だって、培ってきたあらゆる能力は、道筋を照らす光としては何ひとつ役に立ってなかった。だけど、今はイリスの力の掛け算になれるんなら、この世界も悪くない、そんな気がしてくる。
「でも。ちょっと、壁まで穴を開けるのはやりすぎではないのか?」
その場の雰囲気にあまりにそぐわない少女の声が、階段から上がってきた。
「なんだよ。誰だよ?」
ケンが訊くと、慌ててイリスが頭が高いと、彼の後頭部を抑えて、
「セラフィーヌ隊長殿。騒がしいことをしてしまいまして」
と、丁寧にお辞儀する。
「ほう?」
少女は平然とあたりを見返している。その態度には強がっている様子などは欠片もないが、かといってあの華奢な体のどこかに彼らを跳ねのける力があるとも思えない。
腕を組み、少女は豊かな胸を持ち上げるようにして悠然と構える。
鮮やかな橙色の髪は太陽を映したように輝き、バレッタでひとつにまとめられて背中へ流されている。華やかな真紅のドレスは舞踏会や貴族の茶会などでならその美しさを存分に発揮するだろうが、足場の悪い薄汚れた路地にはいかにも不相応。
首元や耳、手指を飾る装飾品の数々も素人目で一級品だとわかるものばかりが散りばめられており、上から下までのコーディネートでケンの持ち金が百回は飛ぶ。
そしてその華々しい数々の装飾品を身にまとい、なおその高貴さに一切見劣らない少女の容姿が飛び抜けていた。
挑戦的なつり目がちの赤い瞳。薄い桃色の唇に、雪のように白い肌が映える。芸術家が揃って筆を折るほどの美貌。
そんな少女を先頭に、ぞろぞろと顔面がドーベルマンの犬族たちが背後に並んだ。
「それで、隣のレベル0の間抜けは何者?」
温かで、柔らかな、ひどく心安らぐ光が目の奥に広がる。
「――ね、大丈夫だから」
白い光の向こうから、イリスが自分を呼んでいる。その声に導かれるままに、手を引かれるままに、ケンの意識は闇を抜ける。
遠く見えていた白い光が、やがて視界をいっぱいに覆い尽くして。
瞼を開けた向こうで、銀髪の少女が『剣』になった俺をつかんでいた――。
「ま、待って! 俺がこんな剣になってるぜ?」
イリスは音を立てて、その大剣を鞘から引き抜き、鈍い輝きを放つ先端を魔女へ向けたが、傷ついた身体と、剣のあまりの重さに、よたよたと足をふらつかせる。
それに対し、魔女はにやにやと唇をまげて言い放つ。
「レベル0の能無しが、『聖剣』ランハルトに化けたところで……レベル500で、ダメージ受けたあんたが使いこなせるものかね?」
魔女はそう言い捨てると、棍棒を投げ捨てた掌を、『聖剣』になったケンの方へと向ける。
即ち、それは掌中にあった火球を投じる動きだ。
魔女がみるみる膨れ上がる火球を放つと、確実にイリスの身を焼き尽くさんと迫りくる。
それを眼前に、ケンはとっさに、自分自身で剣の体を横に飛ばして、
「1000倍にしてぶっつぶす」
と、鋼の体はその思考にしたがって軽やかにイリスの手の中で軽やかに踊るように、火球をはじき返す。
「――っ!」
魔女は短い悲鳴が上げた。
火球が衝突する瞬間、目前に迫る赤熱の死を前に、魔女は瞬きすら忘れた。
威力が1000倍に達した火球は、その身を焼き尽くさんと、そのその四肢をこちらの体を包み込むように伸ばした。
刹那、先んじて魔女の全身を覆うように青白い輝きが展開、それは人体を一瞬で蒸発させるような熱量に対し、真っ向から火力を競い――結果、白い蒸気だけを残して相殺せしめて、石壁まで楕円状に吹き飛ばした。
イリスはほっとして、全身の力が抜けて、崩れ落ちるように両膝をついて、へたりこんだ。
胸に痛みでも覚えたように唇を噛み、『聖剣』を手からおろして床に置く。
すると、ケンもまた元のレベル0の男になって、向かい合うようにひざまずいていた。
「――助かった。死ぬかと思ったぜ」
やがておずおずと、イリスの指先が差し出され、ケンの掌と絡み、柔らかな握手が交わされた。
「ありがとう」
「俺だって。この世界で実力が不足してんのは百も承知だし、俺は剣もろくに振れなきゃ、魔法だってできねえけど。きみを助けられたんなら、すげえうれしいんだ」
イマダ・ケンは悲しいぐらい凡庸な人間であり、異世界出身である以外はこれといった特徴はなにもない。
これまでの人生だって、培ってきたあらゆる能力は、道筋を照らす光としては何ひとつ役に立ってなかった。だけど、今はイリスの力の掛け算になれるんなら、この世界も悪くない、そんな気がしてくる。
「でも。ちょっと、壁まで穴を開けるのはやりすぎではないのか?」
その場の雰囲気にあまりにそぐわない少女の声が、階段から上がってきた。
「なんだよ。誰だよ?」
ケンが訊くと、慌ててイリスが頭が高いと、彼の後頭部を抑えて、
「セラフィーヌ隊長殿。騒がしいことをしてしまいまして」
と、丁寧にお辞儀する。
「ほう?」
少女は平然とあたりを見返している。その態度には強がっている様子などは欠片もないが、かといってあの華奢な体のどこかに彼らを跳ねのける力があるとも思えない。
腕を組み、少女は豊かな胸を持ち上げるようにして悠然と構える。
鮮やかな橙色の髪は太陽を映したように輝き、バレッタでひとつにまとめられて背中へ流されている。華やかな真紅のドレスは舞踏会や貴族の茶会などでならその美しさを存分に発揮するだろうが、足場の悪い薄汚れた路地にはいかにも不相応。
首元や耳、手指を飾る装飾品の数々も素人目で一級品だとわかるものばかりが散りばめられており、上から下までのコーディネートでケンの持ち金が百回は飛ぶ。
そしてその華々しい数々の装飾品を身にまとい、なおその高貴さに一切見劣らない少女の容姿が飛び抜けていた。
挑戦的なつり目がちの赤い瞳。薄い桃色の唇に、雪のように白い肌が映える。芸術家が揃って筆を折るほどの美貌。
そんな少女を先頭に、ぞろぞろと顔面がドーベルマンの犬族たちが背後に並んだ。
「それで、隣のレベル0の間抜けは何者?」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる