異世界に落ちたオレは、キミの最強の武器になる

朝日みらい

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異世界

15 聖剣

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  遠のく意識の中で、イリスの白い手が見えた。

 温かで、柔らかな、ひどく心安らぐ光が目の奥に広がる。 
「――ね、大丈夫だから」

 白い光の向こうから、イリスが自分を呼んでいる。その声に導かれるままに、手を引かれるままに、ケンの意識は闇を抜ける。

 遠く見えていた白い光が、やがて視界をいっぱいに覆い尽くして。

 瞼を開けた向こうで、銀髪の少女が『剣』になった俺をつかんでいた――。


「ま、待って! 俺がこんな剣になってるぜ?」

 イリスは音を立てて、その大剣を鞘から引き抜き、鈍い輝きを放つ先端を魔女へ向けたが、傷ついた身体と、剣のあまりの重さに、よたよたと足をふらつかせる。

 それに対し、魔女はにやにやと唇をまげて言い放つ。

「レベル0の能無しが、『聖剣』ランハルトに化けたところで……レベル500で、ダメージ受けたあんたが使いこなせるものかね?」

 魔女はそう言い捨てると、棍棒を投げ捨てた掌を、『聖剣』になったケンの方へと向ける。
 即ち、それは掌中にあった火球を投じる動きだ。

 魔女がみるみる膨れ上がる火球を放つと、確実にイリスの身を焼き尽くさんと迫りくる。

 それを眼前に、ケンはとっさに、自分自身で剣の体を横に飛ばして、
「1000倍にしてぶっつぶす」
と、鋼の体はその思考にしたがって軽やかにイリスの手の中で軽やかに踊るように、火球をはじき返す。

「――っ!」

 魔女は短い悲鳴が上げた。

 火球が衝突する瞬間、目前に迫る赤熱の死を前に、魔女は瞬きすら忘れた。

 威力が1000倍に達した火球は、その身を焼き尽くさんと、そのその四肢をこちらの体を包み込むように伸ばした。
 刹那、先んじて魔女の全身を覆うように青白い輝きが展開、それは人体を一瞬で蒸発させるような熱量に対し、真っ向から火力を競い――結果、白い蒸気だけを残して相殺せしめて、石壁まで楕円状に吹き飛ばした。

 イリスはほっとして、全身の力が抜けて、崩れ落ちるように両膝をついて、へたりこんだ。
 胸に痛みでも覚えたように唇を噛み、『聖剣』を手からおろして床に置く。

 すると、ケンもまた元のレベル0の男になって、向かい合うようにひざまずいていた。

「――助かった。死ぬかと思ったぜ」

 やがておずおずと、イリスの指先が差し出され、ケンの掌と絡み、柔らかな握手が交わされた。

「ありがとう」

「俺だって。この世界で実力が不足してんのは百も承知だし、俺は剣もろくに振れなきゃ、魔法だってできねえけど。きみを助けられたんなら、すげえうれしいんだ」

 イマダ・ケンは悲しいぐらい凡庸な人間であり、異世界出身である以外はこれといった特徴はなにもない。
 これまでの人生だって、培ってきたあらゆる能力は、道筋を照らす光としては何ひとつ役に立ってなかった。だけど、今はイリスの力の掛け算になれるんなら、この世界も悪くない、そんな気がしてくる。

「でも。ちょっと、壁まで穴を開けるのはやりすぎではないのか?」
 その場の雰囲気にあまりにそぐわない少女の声が、階段から上がってきた。

「なんだよ。誰だよ?」

 ケンが訊くと、慌ててイリスが頭が高いと、彼の後頭部を抑えて、
「セラフィーヌ隊長殿。騒がしいことをしてしまいまして」
と、丁寧にお辞儀する。

「ほう?」
 少女は平然とあたりを見返している。その態度には強がっている様子などは欠片もないが、かといってあの華奢な体のどこかに彼らを跳ねのける力があるとも思えない。

 腕を組み、少女は豊かな胸を持ち上げるようにして悠然と構える。 

 鮮やかな橙色の髪は太陽を映したように輝き、バレッタでひとつにまとめられて背中へ流されている。華やかな真紅のドレスは舞踏会や貴族の茶会などでならその美しさを存分に発揮するだろうが、足場の悪い薄汚れた路地にはいかにも不相応。

 首元や耳、手指を飾る装飾品の数々も素人目で一級品だとわかるものばかりが散りばめられており、上から下までのコーディネートでケンの持ち金が百回は飛ぶ。

 そしてその華々しい数々の装飾品を身にまとい、なおその高貴さに一切見劣らない少女の容姿が飛び抜けていた。

 挑戦的なつり目がちの赤い瞳。薄い桃色の唇に、雪のように白い肌が映える。芸術家が揃って筆を折るほどの美貌。

 そんな少女を先頭に、ぞろぞろと顔面がドーベルマンの犬族たちが背後に並んだ。

「それで、隣のレベル0の間抜けは何者?」
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