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刻まれた記憶

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「お嬢さん、今日は本当にありがとうね」

 ドライヤーで白い髪を乾かしていると、老婦人が鏡を片手に言った。

「そんなことないです。お手伝い出来て光栄です」

「私には娘がひとりいるのだけれど、遠く海外へ言ってしまってね。夫は三年前に亡くなってしまった。だから今は独りで暮らしているの。日中は家政婦は来るけど、愛想がないしね。言ったことしかやらないし。お風呂なんて一緒に入らないわよ」

「それはおつらいですね」

「どうせ死んだって、お金は天国まで持っていけないもの。銀行に預けても、出しに行くのも面倒だから、家の金庫に置いているの。1億円くらい」

「そんなに沢山…」

「何か娘に困ったことがあったらやろうとは思うけど。あの子も意地っ張りだから、甘えたりしないし。最近は連絡もして来ないから、困ったものよ」

「そうですね」

「それはそうと、アンケート用紙があるでしょう?」
 光子はスカートのポケットから『出会いシート』を手渡した。

「なぜ、用紙のことをご存知だったのですか?」

「もしかしてあなた、新人の方なのね?」

 光子は頷いた。

「そういう決まりになっているの。あなた方にお世話していただく時のね。私達高齢の者だったら大抵知っているわ。あなたたち、黒テントさんのことはね。
 これに書いておけば、時々自宅に訪問してくださるし、電話だってしてくれるの。それも今まで関心もなかった役所の方とか、ボランティア団体の方とかね。色々な方々から声をかけて頂けるようになる。
 おたくの団体は幅広いネットワークをお持ちなのね」

 稽古場に戻ってきたのは午後4時を回っていた。
 他のグループも次々と到着してくる。
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