[完結]仮面の令嬢は、赤い思い出を抱いて眠る

刻まれた記憶

8

『営業活動』といっても劇団の宣伝活動というわけではない。
　各寮にＡ、Ｂ、Ｃというグループ名を付けてあり、ワゴン車に乗り込んで社会奉仕活動に行くのである。

　例えば、地域の清掃活動や福祉施設での奉仕活動などである。
　土手でゴミ拾いを手伝ったり、老人施設に赴いて話を聞いてあげたり、一緒に食事を作るなど、あらゆるサポートをする。それが全て無料で実施される。

　登は各人に『出会いシート』を配った。
　それには、今日世話をした人の名前、年齢、性格、家族構成から住所、職業、連絡先まで項目がある。

「よくお話を聞くことが大切です。多くの出会いから、多くの人生を学びましょう。それが自分の表現力を高める糧となります。では解散」

　登は言った。

　各グループはそれぞれの目的地に向けて出発した。光子もＡグループに同行することにした。

　登は最初断った。

「あなたはそこまでしなくてもいいのです。団員だといったって、まだ来て間もないし。焦ることないですよ」

「とんでもない。私も色々なことを学びたいから」
「分かりました。では僕のいるグループにはいりましょう」

　幸運なことにそのグループに麗子の姿はなかった。

　彼女は通称『実践部隊』のリーダーだった。

　各グループから、演技が飛び抜けて優秀な、5人だけの少人数精鋭で構成されている。

　彼らはずっと『トレーニング室』にこもって何かをしている。

　それはごくわずかの者でしか知り得ないことで、その話題に触れるのを皆が避けていた。

  Ａグループは、渋谷の温泉施設に到着した。
　地底深くからわきだした天然温泉を目当てに、お年寄りが集まってくる。

　すぐにマネージャーが満面の笑みをたたえて現れた。
　給料も払わずに働いてくれるなんて、それ程嬉しいことはない。

「皆さんよく来ていただきました。さあ、こちらへ」

　通されたラウンジには、どう見ても１人で入浴できそうにない、補助が必要な老人達が集まっている。

　腕や足が動かない者から、全身ぴくりとも動かない者までいる。

　団員達は車椅子や台車で彼らを浴場まで連れて行き、体を洗い、一緒に湯につかる。

　光子も最初は抵抗を感じたが、老婦人の嬉しそうな笑顔に接するうちに、役に立てる充実感が湧いてきた。

　労働が金ではなく、尊敬や感謝で支払われる。
それが清々しく、心地よい。