[完結]仮面の令嬢は、赤い思い出を抱いて眠る

刻まれた記憶

12

「もし妹が思っていたとして、それがどうなのです。私はそんなことにこだわってなどいません。なら、どうしてあなたを主役にするのです？大切なことは過去ではなく、今です。そして父を殺したのは…」

　そして、はっきりとした口調になった。

「人間の欲望です。その渦に父は巻き込まれてしまったのです。会社を引き継いだとき、それを忘れなければ父の死は無駄ではないはずです」

「…ありがとう」

　光子は感謝の面持ちでいっぱいだった。
　彼の眼差しは、どこまでも透き通っている。

この人にずっとついていきたいと、思う。

　登は微笑んだ。
「それから、僕らだけの時は、登と呼んでくれませんか？そして、光子さんじゃなくて、みつと呼ばせてください。よろしいですか？」

「ええ…」
　光子は頬を赤らめた。

　役者たちは舞台で、各々が稽古前のトレーニングをしている。
　早速光子もそれに加わった。
　怪訝そうな視線を麗子は見せた。
　だが、あまり気にならない。
　登がいるだけで、自分が守られているという安心感がある。

　登は皆を近くに呼んだ。
「２幕目が出来ました。遅れてすいません」

スタッフが、刷りたての台本を役者たちに配った。
光子もむさぼるように目を通す。

　母親メアリーが亡くなった後、物語は娘であるメリサへと移っている。

　父親リチャードは、仕事を部下に任せて、輝くばかりに美しい娘に夢中になっている。

　成長した娘は妻とうり二つで、それがメリサではなく、妻であるという錯覚を起こしていく。

　洋服を選ぶ時も、メリサの好きなものを着せようとせず、妻のものを着せ、妻が得意だったピアノを強引に習わせたり…。

　初めのころ、メリサは父親の喜ぶ顔が見たくて我慢を続けていた。

　しかし、自分自身を押し殺している生活に、限界を感じ始めるのだった。