[完結]仮面の令嬢は、赤い思い出を抱いて眠る

刻まれた記憶

13

　その頃、彼女より５才年上の少年サムと出会う。
　サムは住み込みで働く使用人の息子である。
　彼といっしょにいる時だけ、メリサは自分自身でいることができた。
　そんな頃、彼女は仮面を被った女を見かけるようになる。

その女こそ魔女マーサであった。

　マーサは仮面で正体を隠しながら、母親のふりをして少女に迫ってくる。

「お前は呪われた子供なのだよ」
と仮面の女は言う。

　少女は恐怖で声を震わせながら、
「私はどうしたらいいの、ママ」
と泣き叫ぶ。

　魔女は笑って、
「なあに。簡単なことさ。パパを殺せばいい」

「殺す？」

「そうさあ。夜中に崖まで誘い込むのさ。なあに、理由は簡単さ。ちょっと蛍を見たいとかお月さんを眺めたいとか。お前の母親みたいに、甘えたことで言えばついてくるさ。そしてちょっと背中を押してごらん。いとも簡単に死んじまうさ」

「そんなこと…私には無理よ」

「ずっと話して聞かせたろう。パパはろくでもない男なんだ。ママを不幸に突き落として殺したんだ。それとも、ママはどうでもいいの？愛してないのかい？」

「愛しているわ」

「だったらおやりなさい。そうしないと、ずっとこうやってあんたを脅かしてやるからね」

　メリサ自身も、父親の執拗な要求に押しつぶされそうになっていく。サムはそれをよく理解してくれた。ピアノが一向に上達しない娘に、初めてリチャードが手を挙げる。それは満月の晩であった。

「失望したぞ、メアリー。ちゃんとお前らしくしろ」

「私はメリサよ。ママなんかじゃないわ！」

　泣きながら、メリサは家を飛び出す。
　父親もすぐ追いかけてくる。
　偶然だったのか、いつの間にか湖畔に突き出た崖にいた。

　すぐ、息を切らしながらリチャードもやってきた。

「パパ、近づかないで。来たら飛び降りで死ぬわ」