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愛情と実験

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「日頃からあまり音信がない娘から、突然電話がありまして。
 会社のお金を紛失してしまったというのですよ。
 上司の方も電話口に出てきましてね。一億円が用意できれば何とかなるというものですから、主人と相談しましてね。
 金庫にしまっておりましたお金を、玄関先に来たバイク便の青年に手渡したのですが…」

「それが、詐欺だったわけですね」
 登が言った。

「そうです。主人はひどく落ち込みましてね。トイレに紐を結わえて、首を吊りましたよ」

「それはひどい…」

「でも、最近死んだはずの夫から電話がありましてね。『天国に無事ついたから安心してください』と」

「天国からですか?」

 光子が不思議そうに尋ねた。

 神童は頷いた。

「昨日の昼頃でした。思わず大泣きしていました。無愛想のあの子でさえ、驚いておどおどしたくらいです」
「では、もう憎しみは消えたのですか?」
 登は尋ねた。
 神童はゆっくり首を振った。

「いいえ、その逆ですよ。死んだ人まで食い物にするなんて。一生消えることはないでしょう。
 私は警察を信じていません。そして法律も信じてはいませんの。他人に、一体私の何がわかるものですか。どうして裁くことができますか。
 私はいままでそうやって生きてまいりました。歯には歯を、目には目を。命には命しかありません。
 犯人は間違えた判断をしました。怒らせてはいけない人間を。残念なことです」
神童の握りしめた拳が震えている。

「では、復讐するということですか?」

 光子が困惑して言った。
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