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怪物の正体

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「先生からもう実験の話は聞いているのだな」
「ええ…」光子は頷いた。
「そして、おじ様が弁護士の殺害に関わっていたことも。それに私の記憶を消すように依頼したことも」
「ほほう。そこまで知っているのか。うん、うん」
健二は感心したように、腕を組んで何度も頷いた。
「それで一男から聞いていると思うが。遺産の相続のことだ。どう考えている?」
「相続したいと思っています」
と光子はきっぱりと言った。
「確かに光子はその権利がある。うん」
健二は言った。
「だがね。それには一般的な社会人として普通であるという一項目が含まれている。正直、君は精神病を抱えている。そんな状態で、会社の全ての株式と資産を相続することになるわけだ。一手に君の手に世界中の数万人の労働者の生活を引き受けることになる。光子はそれを担うことができるのか、私には甚だ不安だ。これまでどおり私が責任を持って管理するというのも一つの方法だと思うんだがね」
「では、おじ様の後はどなたが引き継ぐのですか?」
「息子の一男がふさわしいと思っている。彼は賢いし、行動力もある」
「それには断固反対です」
光子は言った。
健二は困惑の色を浮かべた。
「何だって?どうしてだい?」
「彼にはやさしさがありませんから」
「それだけでは経営は出来んよ」
「そうです。私は会社を担う気はありません」
「何だって?」
彼は目じりによった皺に、指先をあてがった。
対照的に、光子は澄ました色を顔に浮かべている。
「私は全ての株式を市場に売ります」
それには強い決意が感じられた。叔父の顔が、怒りで赤くなる。
「それはどういうことを言っているのか、分かっているのか。株式の80%を売ることになる。そうなったら我々一族の経営権をすべて失うことになる。赤の他人がずかずかと土足で入り込んできて、株主から追い出されることにあるんだ」
「その方がむしろ風通しがよくなるわ」
健二は震え始めた。
「それで…もうけたお金はどうするつもりかね?」
「それは自分の意思で決めたいと思います」
「さては、好きな男でも出来たかのかね?」
叔父は皮肉っぽく言った。
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