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赤い記憶が戻る時

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女「もしもし。じゃあ、準備出来たから、脇の非常階段があるでしょう。そこ登って来て。うん。私が今開けにいく。うん、そう。外からじゃ開かないの。はい。じゃあね」
携帯を切る音。
ドアの開閉音。
しばらくして再び開閉音。
足音。
男「何だよ麗子、これ。みっちゃんが…。げっ、死んでるのか」
女「馬鹿。全部劇団の小道具。これは血ノリ。絵の具にノリを混ぜたものよ。ナイフは作り物。ほら、刺したって怪我しないわよ。刃が柄の中に引っ込んじゃうんだから」
男「ハハ、確かにそうだ」
女「光子ったら、私が化け物に変装したら、本気にしちゃって。だからお嬢様は世間知らずの馬鹿なのよね」
男「それで気絶したってわけか」
女「じゃあ、ちょっと光子の足持ってちょうだい。私、肩をもつ」
男「おいおい、どうするつもりだよ」
女「体をシャワーで洗うのよ。こんなに汚れちゃったのよ。目がさめたら怒られるでしょ」
男「分かったよ。でも、何でこんなことやっているんだ。マンションの前で合流する約束だろ。その後ホテルでいちゃつくために…」
女「邪魔な光子を黙らせたの」
男「それにしちゃ、やり過ぎだろ…」
女「黙って早く足持ちなさいってば」
遠ざかる足音。
シャワーの音。
それからドライヤーの音。
女「一男さんは床を掃除してね。私は光子の服を洗う。ちょっと、血がついちゃったから」
ゴシゴシという音。
水の飛び散る音。
ドライヤーの音。
男「おい、終わったぞ。もうピカピカだ。…い、痛っ…。おい、ちょっと、おい麗子、俺を殺す気か」
女「ナイフ向けているのに。他に何するつもりだっていうのよ。お坊ちゃま」
男「ちょっと待て。俺が何したっていうんだ。え…」
女「望月弁護士を知っているわよね」
男「あの…密告したやつだろ」
女「それ、私のパパ」
男「まさか…」
女「あなたの父親が殺した」
男「お、俺は関係ないだろ」
女「加藤賢治の息子でしょ。あなたが死ねば、賢治は絶望するわ。会社の後継者もいなくなる。いい気味だわ。だから大人しくここで刺されて死ぬの。大丈夫。罪を背負うのは、病気の光子。大門薬品は、ジ・エンド」
男「や、やめろ」
格闘する音。
喘ぐ声。
女「…う、ウウウウ…」
女のうめき声。
そして静寂。
男の荒い息遣い。
男「ちきしょう…。なんてこった…殺しちまった…。落ち着け、落ち着け…。ふう、ふう。よし、光子が殺したことにしよう。それがいい。俺はここにはいなかったんだ。そうだ、大学の講義に出ていたことにしよう。友達に頼んでおけば平気だ。つまり、その…光子に刺された瀕死の麗子が、管理人に助けを求めるんだ。管理人が来る前に俺は非常階段から降りればいい。玄関のドアはオートロックだから、完全にここは密室になる。馬鹿な警察のことだ。光子が犯人になるに決まっている。そうなれば、光子が遺産を相続することはなくなるってもんだ。俺は親父のためにいいことをやったんだ。俺がそうしなかったら、馬鹿な光子が会社を滅茶苦茶にするところだった。よくやったぞ、一男。よし、じゃあ準備をしよう。まず腕を止血しよう。あのアバズレ、急に切りつけやがって。そうだ、仮面も捨てておかないと。仮面があったら、幻想だっていうことにならなくなる。おお、頭いいぞ俺。よし、血は止まったぞ。後は指紋を拭き取って…。血も拭き取っておかないと…。よしよし、次は管理人に電話だ。女の声でいかないと。裏声で、よしよし」
受話器を取る音。
男「た、助けて…助けて」
それから足音。
そして玄関のドアが閉まる音。
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