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赤い記憶が戻る時

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 村の中学校と小学校には10人の子供たちがいて、5年生は光子だけだった。
いつも一つの教室に、教師が2人。
そのほとんどの親が民宿を営んでいる。
夏季以外、客足は遠のくから、親たちは東京などに出稼ぎに行く。
いつも光子は白いブラウスに紺のスカートをはいている。
周りの子供たちはその格好をいつも茶化して、『おばさん』と呼ぶ。
そのあだ名を言われる度に、光子はうつむき加減に下を向いた。
「やめろよな」
ジーパンにトレーナー姿の守は、いつもそうやって声を荒げた。
「何だよ、しもべ野郎。お前、学校でもおばさんの家来かよ」
6年の男子がケラケラ笑った。
「ああ、そうだ。しもべだよ」
守は認めた。
「僕は、みつのボディーガードだ。だから、失礼な奴がいたら許さないからな」
睨みつける、その見幕に、男子は後ずさりした。
体育の授業は、光子はほとんど見学していた。
激しい運動で、幻覚が現れるかもしれないからだった。
その時間中、うらやましそうに元気に駆け回る同級生を眺めた。
一方で音楽の時間は主役になれた。
幼いころからピアノを習っていたからである。
歌を歌う時の伴奏はいつも光子だった。
その時の彼女は輝いていた。
しかし、近頃は鍵盤を叩くのもおっくうになっていた。
音色に感情はなく、ただ譜面通りに間違いなく弾いている。
その表情は段々無表情になっていた。
「ねえ、今日は何する?」
守は、すたすたと前を歩く光子の背中に声を掛けた。
「そうね…」
憂鬱そうな顔を向ける。
「だったら、ボートに乗る?7月だし、泳ぐのもいいよ」
「もう、飽きちゃった」
「それなら水辺で遊ぶ?貝を集めたり」
「それも」
「みつ、だったら、僕の部屋に来いよ」
「えっ?」
光子は立ち止った。
幼いころからずっと一緒に暮らして来たが、中に入れてもらうのは初めてだったからだ。
「でも、お父さんが、迷惑でしょう?」
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