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赤い記憶が戻る時

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 光子は目が覚めた。
涙が流れていた。
そばに類子がいた。
「泣き虫なんだね」
類子が微笑んだ。
光子は頷いて笑った。
「あの…朝食が出来たわよ。お寝坊さんたち」
女将さんが顔を出した。
食事を終えてからまもなく、東京から車が到着した。
光子は、今日が自分の誕生日であることを思い出した。
4人の弁護士たちは、ぴっちりとした背広を着た男たちで、1階の打ち合わせ室に集合していた。
彼らは光子に、全財産の譲渡が正式に決まったことを報告した。
外で待っていたルイに書類を見せると、彼女は目が点になった。
「これ、0が何百個並んでいるかな?」

 その夜、登から電話があった。誕生日の祝福と、マスコミもだいぶ減ってきたことを報告してきた。
「あの…私、思い出したの」と光子は言った。
「守でしょ?お父さんに迷惑を掛けたくなくて、そうしたのよね」
「そう…わかったんだね」電話口の声が途切れた。
「嘘をついていてすまない。そうしないと、一生みつに会えないと思ったから。望月弁護士みたいに事件に巻き込まれたくなかったし。これが一番だと思って…」
「居場所をつくってくれたのでしょう?ありがとう」
守はしばらく、口をつぐんでいたが、
「親父には黙っておいてくれないか」
とだけ言った。
「わかったわ。でも、公演ができなくなったし…」
すると、いつの間にか類子が脇にいる。
「やるよ、あたし」
耳元でささやいた。
茶目っ気たっぷりの笑顔で。
「あたし、覚えるの、得意だって忘れたの?」
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