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終章 幕が上がるとき

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 それから3日後、2人は緑ヶ丘に戻った。
マンションで、数人の記者に取り囲まれたが、塩崎は彼らの前に立ちふさがった。
「君たち、早く帰りなさい」
塩崎は俊敏だった。
彼女の手をしっかり掴んで、エレベーターに乗り込んだ。
「では、また木曜日に」
そして塩崎が、いつものように部屋の前で頭を下げた。
「待って、塩崎さん」
光子は、背中を丸めて歩き出した老人に声を掛けた。
「明日も来て。稽古があるの。できれば毎日来てほしいの」
「さようですか。では、まいります」
笑顔で、運転手は頭を下げた。

 稽古は類子を魔女役にして進んで行った。
変更になったのは、帽子を被った魔女になったところだった。
すでに『トレーイング室』は閉鎖されていた。
テントも市民公園に建てられた。
30人の劇団員総出で、2階建てほどの高さの黒いテントに舞台装置が組まれた。
連日、それを見物するために大勢の野次馬たちが取り囲んだ。
そして、舞台初日となった。
「中に入ってもいいかな」
ノックをして、守が舞台裏の化粧室に入ってきた。
すでに公演時間が1時間を切っていた。光子は手鏡で、筆ペンで目のふちを塗っていた。
「とても綺麗だ。もちろん、そのままのみつも」
「ありがとう。お父さんにはチケットを渡しておいたわよ」
顔から鏡を離して、光子は微笑んだ。
守は、彼女の髪を撫でた。
「緊張している?」
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