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終章 幕が上がるとき

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「昨日はよく眠れなかったの」
「みつなら立派にやり遂げられるさ」
光子は、登が重そうな皮のカバンを下げていることに気づいた。
「どこかに行くの?」
「神童さんに荷物を返しに行く」
光子は怪訝な表情を浮かべた。
「でも、そばにいてほしいの」
「けじめをつけておきたいのさ」
守は言った。
「後ろめたい気持ち。それをまっさらにして、君の演技を見たい。なに、30分くらいで戻ってくるさ」
光子は、登に抱きついてキスをした。
「わかってる。最前列の中央で、君を見ているよ」
公演が5分前に迫ってきた。
舞台袖から客席を覗いたが、守の姿がない。
頭の中が真っ白になって、台本のセリフも全て忘れてしまいそうだった。
すると、魔女のとんがり帽子を被った類子が肩を叩いた。
「心配しないで。あたしがついてるから」
「でも、守がいないの…」
「きっと、戻ってくるわ。約束を守る人だもの」

客席が暗くなって、照明が舞台を照らしだす。
メアリーの光子が登場すると、観客から大きな歓声が上がった。
光子は、まぶしい照明と足元の観客たちの視線に立ちすくんだ。
台詞が何であったのか。
どういう動きをすればよかったのか。
分からなくなって、思わず最前列の登を探した。
守はいた。
目をキラキラさせながら微笑んでいる。
そして、口を開けて声を出さずに何かを言っている。
それは台詞だった。
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