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最終章 魔術師の花嫁
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「リシェル、準備はいいか?」
父の優しい声が、扉越しに聞こえてきました。
わたしは、鏡の前に立ち、白いドレスを身につけていました。
レースとサテンの、シンプルなデザイン。
豪華な刺繍も、宝石を散りばめたような装飾もありません。
ですが、このドレスは自分で選んだもの。
そして、何よりもセオドール様が、わたしのために選んでくださったものなのです。
「はい、お父様。いつでも大丈夫です」
わたしがそう答えると、扉がゆっくりと開き、父が優しく微笑んで、わたしを見つめていました。
その瞳は、少しだけ潤んでいるように見えました。
「……まるで、夢を見ているようだ」
父はそう言って、わたしに手を差し出してくれました。
わたしは、その手をそっと取りました。
そう、まるで夢のよう。
一年前のわたしは、まさか、こんな日が来るなんて想像もしていませんでした。
あの頃のわたしは、純白のドレスに袖を通す日を夢見ていました。
でも、それはデリック様の隣に立つための華やかな舞台でした。
今は、違います。
このドレスは、わたしらしくあるための白い翼。
そして、その翼を広げ、わたしが飛び立つ場所はセオドール様の隣なのです。
父と腕を組み、廊下を歩いていきます。
窓の外には、庭園が見えました。
そこには、色とりどりの花が咲き誇り、鳥たちが楽しそうに歌っていました。
会場の扉が開かれると、柔らかな光がわたしの顔を照らしました。
式場には、たくさんの人々がいましたが、かつてのデリック様の婚約者として出席するはずだった、豪華な顔ぶれとは違いました。
父や母、セオドール様の師である宮廷魔術師団長、そして、わたしとセオドール様を心から祝福してくれる友人たち。
皆が、温かい眼差しでわたしたちを見守ってくれていました。
そして、その人々の先。
祭壇の前には、セオドール様が立っていました。
彼は、黒いローブではなく、紺色のタキシードを身につけていました。
その姿は、いつもよりもずっと背が高く、凛々しく見えました。
彼の深い群青の瞳が、わたしをまっすぐに見つめていました。
その視線から、わたしは彼の真剣な想いが痛いほど伝わってきました。
わたしは、一歩ずつ、彼へと近づいていきます。
そのたびに、わたしの心は温かい光で満たされていきました。
わたしは、もう、デリック様に傷つけられた臆病な侯爵令嬢ではありません。
わたしは、セオドール様に、この傷を「美しい証」だと言ってくれた勇敢な魔術師の花嫁。
祭壇の前までたどり着くと、父がわたしの手を、セオドール様の手に、そっと重ねてくれました。
セオドール様の手は、温かくて大きくて、わたしはその手に安堵の息を漏らしました。
「……大切にします」
セオドール様は、父にそう告げました。
その声は、いつもよりも少しだけ震えているように聞こえました。
父は、静かに頷くと、わたしたち二人を温かく見守ってくれました。
神官が、二人の誓いを問います。
「リシェル=グランディール。あなたは、セオドール=ヴァレンティを、あなたの夫として受け入れますか? 彼の傷も、彼の涙も、彼の全てを愛し、守ることを誓いますか?」
わたしは、まっすぐにセオドール様の瞳を見つめ、こう答えました。
「はい、誓います」
わたしの言葉に、彼の瞳に安堵の光が宿りました。
そして、今度は神官がセオドール様に問いました。
「セオドール=ヴァレンティア。あなたは、リシェル=グランディールをあなたの妻として受け入れますか? 彼女の傷も、彼女の涙も、彼女の全てを愛し、守ることを誓いますか?」
彼の瞳が、わたしを、そして、わたしの左腕の傷を見つめました。
そして、彼はわたしに少しだけ微笑みました。
「はい。彼女の傷も、涙も、全部ひっくるめて、俺が愛し、守ることを誓います」
その言葉に、わたしの胸は溢れるほど満たされました。
神官がわたしたち二人に、祝福の言葉を述べてくれました。
「では、誓いの口づけを」
セオドール様は、わたしの顔を優しく、そして真剣な眼差しで見つめました。
そして、彼はわたしにゆっくりと、顔を近づけてくれました。
わたしは、目を閉じました。
唇に、温かくて、優しい感触が触れました。
その口づけは、まるで魔法のようにわたしの心を温かく、そして満たされた光で包み込んでくれました。
わたしたちが口づけを終えると、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
人々が、わたしたち二人を心から祝福してくれている。
その光景を見て、わたしはもう涙をこらえることはできませんでした。
「……ありがとう、セオドール様」
わたしがそう言うと、彼はわたしの頬にそっと触れました。
「泣くな。今日は、笑顔の日だ」
彼の言葉に、わたしは思わず、笑ってしまいました。
そう。今日は、涙の日ではない。
幸せな、笑顔の日。
かつて、「傷物」と嘲られた令嬢は、今や魔術師に溺愛される花嫁。
デリック様との結婚を夢見ていた頃よりも、ずっと、ずっと、幸せでした。
式が終わると、わたしたち二人は庭園を手を取り合って歩いていきました。
夜空には、満月が優しく輝いていました。
「……夢みたい」
わたしはそう言って、セオドール様に身を寄せました。
「夢ではない」
彼は、そう言って、わたしの手を強く握り締めました。
「俺は、ずっとお前を守る。この傷も、涙も、全部ひっくるめて、一生、愛し続けると誓う。笑顔でいような」
彼の言葉に、わたしの心は溢れるほど満たされました。
そして、二人は互いの傷と愛を抱きしめながら、幸せな明日へと歩き出したのでした。
陽射しを浴びながら、黄色いタンポポの花が仲よく並んで咲いています。
【完】
父の優しい声が、扉越しに聞こえてきました。
わたしは、鏡の前に立ち、白いドレスを身につけていました。
レースとサテンの、シンプルなデザイン。
豪華な刺繍も、宝石を散りばめたような装飾もありません。
ですが、このドレスは自分で選んだもの。
そして、何よりもセオドール様が、わたしのために選んでくださったものなのです。
「はい、お父様。いつでも大丈夫です」
わたしがそう答えると、扉がゆっくりと開き、父が優しく微笑んで、わたしを見つめていました。
その瞳は、少しだけ潤んでいるように見えました。
「……まるで、夢を見ているようだ」
父はそう言って、わたしに手を差し出してくれました。
わたしは、その手をそっと取りました。
そう、まるで夢のよう。
一年前のわたしは、まさか、こんな日が来るなんて想像もしていませんでした。
あの頃のわたしは、純白のドレスに袖を通す日を夢見ていました。
でも、それはデリック様の隣に立つための華やかな舞台でした。
今は、違います。
このドレスは、わたしらしくあるための白い翼。
そして、その翼を広げ、わたしが飛び立つ場所はセオドール様の隣なのです。
父と腕を組み、廊下を歩いていきます。
窓の外には、庭園が見えました。
そこには、色とりどりの花が咲き誇り、鳥たちが楽しそうに歌っていました。
会場の扉が開かれると、柔らかな光がわたしの顔を照らしました。
式場には、たくさんの人々がいましたが、かつてのデリック様の婚約者として出席するはずだった、豪華な顔ぶれとは違いました。
父や母、セオドール様の師である宮廷魔術師団長、そして、わたしとセオドール様を心から祝福してくれる友人たち。
皆が、温かい眼差しでわたしたちを見守ってくれていました。
そして、その人々の先。
祭壇の前には、セオドール様が立っていました。
彼は、黒いローブではなく、紺色のタキシードを身につけていました。
その姿は、いつもよりもずっと背が高く、凛々しく見えました。
彼の深い群青の瞳が、わたしをまっすぐに見つめていました。
その視線から、わたしは彼の真剣な想いが痛いほど伝わってきました。
わたしは、一歩ずつ、彼へと近づいていきます。
そのたびに、わたしの心は温かい光で満たされていきました。
わたしは、もう、デリック様に傷つけられた臆病な侯爵令嬢ではありません。
わたしは、セオドール様に、この傷を「美しい証」だと言ってくれた勇敢な魔術師の花嫁。
祭壇の前までたどり着くと、父がわたしの手を、セオドール様の手に、そっと重ねてくれました。
セオドール様の手は、温かくて大きくて、わたしはその手に安堵の息を漏らしました。
「……大切にします」
セオドール様は、父にそう告げました。
その声は、いつもよりも少しだけ震えているように聞こえました。
父は、静かに頷くと、わたしたち二人を温かく見守ってくれました。
神官が、二人の誓いを問います。
「リシェル=グランディール。あなたは、セオドール=ヴァレンティを、あなたの夫として受け入れますか? 彼の傷も、彼の涙も、彼の全てを愛し、守ることを誓いますか?」
わたしは、まっすぐにセオドール様の瞳を見つめ、こう答えました。
「はい、誓います」
わたしの言葉に、彼の瞳に安堵の光が宿りました。
そして、今度は神官がセオドール様に問いました。
「セオドール=ヴァレンティア。あなたは、リシェル=グランディールをあなたの妻として受け入れますか? 彼女の傷も、彼女の涙も、彼女の全てを愛し、守ることを誓いますか?」
彼の瞳が、わたしを、そして、わたしの左腕の傷を見つめました。
そして、彼はわたしに少しだけ微笑みました。
「はい。彼女の傷も、涙も、全部ひっくるめて、俺が愛し、守ることを誓います」
その言葉に、わたしの胸は溢れるほど満たされました。
神官がわたしたち二人に、祝福の言葉を述べてくれました。
「では、誓いの口づけを」
セオドール様は、わたしの顔を優しく、そして真剣な眼差しで見つめました。
そして、彼はわたしにゆっくりと、顔を近づけてくれました。
わたしは、目を閉じました。
唇に、温かくて、優しい感触が触れました。
その口づけは、まるで魔法のようにわたしの心を温かく、そして満たされた光で包み込んでくれました。
わたしたちが口づけを終えると、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
人々が、わたしたち二人を心から祝福してくれている。
その光景を見て、わたしはもう涙をこらえることはできませんでした。
「……ありがとう、セオドール様」
わたしがそう言うと、彼はわたしの頬にそっと触れました。
「泣くな。今日は、笑顔の日だ」
彼の言葉に、わたしは思わず、笑ってしまいました。
そう。今日は、涙の日ではない。
幸せな、笑顔の日。
かつて、「傷物」と嘲られた令嬢は、今や魔術師に溺愛される花嫁。
デリック様との結婚を夢見ていた頃よりも、ずっと、ずっと、幸せでした。
式が終わると、わたしたち二人は庭園を手を取り合って歩いていきました。
夜空には、満月が優しく輝いていました。
「……夢みたい」
わたしはそう言って、セオドール様に身を寄せました。
「夢ではない」
彼は、そう言って、わたしの手を強く握り締めました。
「俺は、ずっとお前を守る。この傷も、涙も、全部ひっくるめて、一生、愛し続けると誓う。笑顔でいような」
彼の言葉に、わたしの心は溢れるほど満たされました。
そして、二人は互いの傷と愛を抱きしめながら、幸せな明日へと歩き出したのでした。
陽射しを浴びながら、黄色いタンポポの花が仲よく並んで咲いています。
【完】
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