【完結】義務で産まれた令嬢だけど、仮面夫婦を卒業して陽気な旦那様に愛されまくってます!?

朝日みらい

文字の大きさ
3 / 10

第3章:私に“夫婦生活”など必要ない

しおりを挟む
 薄闇の廊下にレースのカーテンが揺れ、静かな空気が流れていました。  

 ふつうならば、今頃新婚夫婦の甘い時間が始まっているのでしょう。

 ですが、わたしは迷いなく言いました。  

「別室を希望します。私に期待しないでください」

 レオンは少しだけ驚いたように目を見開いたものの、すぐに笑みを浮かべました。  

 ──なんて対応力でしょう。  

 通常、新妻にこんなことを言われたらもう少し動揺するのでは?

「わかった。でもさ、せっかくだし仲良くなりたいなって思ってたんだ」 
 
 そう言った彼の笑顔には、皮肉も憂いも、そして下心もありませんでした。

 むしろ、どこか残念そうに眉を下げながら、それでも無理強いはせず、あっさり了承してくれました。

 わたしは静かにうなずき、ドレスの裾を持って自室へ向かいました。  

 鍵のかかる扉と、誰も踏み込まないベッドルーム。

これが、わたしにとっての“安全地帯”です。

 夫婦の距離? 

そんなものは存在しません。

わたしにとって必要なのは仮面と距離、それだけ。



 ですが、翌朝になっても、レオンはあの明るさのままでした。

「おはよう!今朝はクロワッサンだよ!あと、紅茶はアールグレイにしたけど、好みある?」

「……私は朝食はいただきません」

「そっか。でも僕は食べるね。……君が見てるなら、ちょっと背筋伸ばして食べよ」

 誰が見ていると言ったのですか。  

 食堂の椅子に座る彼は、まるで王宮の晩餐のように姿勢を正してフォークを構えていました。

「でも、クロワッサンってさ、発音むずかしいよね。赤ちゃんだったら、“クルルルル”みたいになっちゃうよね?」

「それは鳥の鳴き声でしょう」

「え、じゃあ、カラスは?」

「は?」

「“カアカアワッサン”とか呼ぶのかな?」

 ……なぜあなたは、朝からそんな発想ができるのですか。

 わたしの返答を待たずとも、レオンは楽しそうに紅茶を飲みながら、勝手に話し続けます。  

 その表情には、緊張も警戒も、打算すら見えません。

「今日、君の好きな本棚を整理してもいい?あ、僕、書物の分類ちょっと得意なんだ。アルファベット順は任せて!」

「わたしは本は……自分で整えますので」

「そっか!じゃあ、せめてホコリだけでも払っとくよ。“夫婦の共同作業”ってことで!」

 ……夫婦。共同。  

 その言葉だけで、なんだか胸の奥がざわつきます。

 この人、いったい何を期待しているのだろう。  

 わたしに心を開かせることで、なにか利益でもあるというの?  

 でも、その考えはすぐに霧のように薄れていきました。

 彼の行動には、どれも裏がない。 
 
 本当に、ただわたしと過ごしたいだけ──そんなふうに感じられるのです。



 昼下がり、わたしが図書室で静かに書物を読んでいたときでした。  

 レオンがそっと扉を開け、声をひそめて言います。

「ミレイユ、これさ、君に似合うと思って。……レモン色のブックカバーなんだけど、ほら、春っぽいかなって」

「……なぜ、私に?」

「君が本を読む時、いつも背筋がしゃんとしてて、なんかそういう姿がレモンみたいで爽やかだから」

 この男、例えが独特すぎます。

 そして、どこか心がくすぐられました。

 わたしは目をそらし、本の中身に集中しようとしましたが──ページの文字が、まるで笑っているように見えてしまったのです。

 困ったことに、その瞬間、わたしは、口元がゆるんでいたのです。

「……今、笑った?笑ったよね?」

 レオンが目を丸くして椅子から立ち上がりました。  

「今!絶対笑った!“感情を持たない仮面”が動いた瞬間!うわー、記念日だ、これ!」

「……別に、面白かったわけでは」

「でも笑った!すごい、やっぱり君、ちゃんと感情あるじゃないか!」

 その言葉に、わたしは咄嗟に顔を隠しました。  

 ──見られた。わたしの表情を。  

 仮面が剥がれた。あの完璧な無表情の仮面が。

 ……嫌だ。でも、少しだけ。  

 ほんの少しだけ、心が動いたのです。

 この人は──わたしを“使う”のではなく、“見よう”としている。

 その違和感が、私の中に小さな波紋を生み始めていました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

処理中です...