【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい

文字の大きさ
5 / 18

(5)初めての笑い

その後、セリーヌはラウルに城を案内されることになった。

二人で石畳の廊下を歩きながら、ラウルは大柄な体を少し縮めるようにして、部屋ごとに一つ一つ丁寧に説明を始めた。  

「この部屋は昔、戦いの時に使われていた武器庫だ。今では倉庫として使っているが、よくネズミが出るから注意してくれ。」  

「ネ、ネズミ…ですか?」

セリーヌは思わず声を上げた。

その響きには、驚きとほんの少しの怯えが混ざっていた。  

ラウルはそんな彼女に力強く笑みを向け、胸を張った。

「安心してくれ、ネズミを捕まえる方法なら熟知している。トラップを仕掛けたり、猫を呼んだりして、これまでも何匹も退治してきたんだ!」  

彼の得意げな様子に、セリーヌは戸惑いつつも微笑みを浮かべた。

しかしその時、不意に足元に小さな影が素早く走り抜けた。  

「ぎゃっ!」  

セリーヌは驚きのあまり、小さな悲鳴を上げると、反射的にラウルの腕にしがみついた。

体温が伝わるほどしっかりと掴まれたラウルは、突然の出来事に目を丸くして固まったが、すぐに咳払いをしながら大きな声を張り上げた。  

「大丈夫だ、私が守る!」  

彼の言葉はどこか大げさで、空間に響き渡った。

それが妙に滑稽で、セリーヌは緊張が緩むと同時に、思わず笑い声を上げた。  

「ふふっ…すみません、本当に驚いただけで…。」  

久しぶりに心から笑った気がした。

胸の奥でわだかまっていた暗い気持ちが、その笑い声とともに少しずつ消えていくようだった。

一方で、ラウルは彼女の反応を見て、何とも言えない表情で口を開いた。  

「そうか…ネズミごときで私の株が上がるとは思わなかったな。」  

彼の冗談めいた口調に、セリーヌはまたクスッと笑った。

ラウルも照れ臭そうに頭をかきながら、柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔を見て、セリーヌの胸の奥がほんの少し温かくなったのを感じた。  

---

ある日の午後、セリーヌは自室の片隅に座り込み、鏡を見つめていた。

窓から差し込む薄い光が鏡面に反射し、ぼんやりと浮かぶ自分の姿を照らし出していた。

右頬の傷跡はまだ赤みを帯び、新しい皮膚が薄く光るように目立っていた。

その傷跡を見るたび、かつての婚約者アルトゥールや、失われた華やかな生活が頭をよぎり、胸が締め付けられる思いがする。  

「どうしてこんなことになってしまったのだろう…」  

思わずそう呟いた彼女の声は、部屋の中でかすかに響いた。

その時、扉の向こうからラウルの大きな足音が近づき、部屋をノックする音が聞こえた。  

「セリーヌ、入ってもいいか?」  

「あ…はい。」

彼女は慌てて鏡から目を逸らし、姿勢を正した。  

ラウルが部屋に入ると、彼女の表情を見て少し眉を寄せた。

そして、まっすぐに彼女に近づくと、静かに声をかけた。

「セリーヌ、その傷を見ていると、何か言いたくなる。」  

彼の言葉に、セリーヌは戸惑いながらも小さく問い返した。

「何ですか…?」  

ラウルは一瞬言葉を選ぶように口を閉じたが、やがて力強く続けた。

「それは君が生き延びた証だ。どれだけ君が強かったかを物語る勲章だと、私は思うよ。」  

その言葉は、彼女の心に深く響いた。

これまでその傷はただの恥としか感じられず、鏡を見るたびに心が沈んでいた。

しかしラウルの言葉は、それを初めて肯定してくれたものだった。  

「勲章…ですか?」  

セリーヌの声は震えていた。

ラウルは穏やかな笑顔を浮かべ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「ああ。君が何を乗り越えてここにいるのか、私は想像もできない。でもその傷は、君が自分の力でここまで来た証だ。誇りに思っていい。」  

彼の視線には嘘偽りがなく、その言葉は真摯そのものだった。

セリーヌはその温かさに触れると、自然と涙がこぼれそうになるのを堪えた。

こんなにも真っ直ぐに彼女を見てくれる人がいるのだと知った瞬間、胸の中で長い間凍りついていた感情が、少しだけ溶け始めたような気がした。  
感想 1

あなたにおすすめの小説

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される

佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。 異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。 誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。 ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。 隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。 初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。 しかし、クラウは国へ帰る事となり…。 「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」 「わかりました」 けれど卒業後、ミアが向かったのは……。 ※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

不器用な氷の王子は幼馴染を離さない。元婚約者は勝手に破滅中!

ムラサメ
恋愛
王太子エドワードから「無能な書類女」と蔑まれ、公開婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢エルナ。絶望する彼女の前に現れたのは、隣国の「氷の王子」アルフレッドだった。 強引に彼に連れ去られたエルナだが、実は彼はかつて彼女の後ろをついて回っていた泣き虫な幼馴染で……!? 「昔の俺は忘れろ」と冷徹に振る舞おうとする彼だけど、新生活の準備が過剰すぎて溺愛がダダ漏れ! 一方、エルナを失った母国は経済崩壊の危機に陥り、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが――。

婚約破棄された私と侯爵子息様〜刺繍も私も、貴方が離さない〜

ナナミ
恋愛
「ディアナ!お前との婚約を破棄する!」  ディアナ・コヴァー伯爵令嬢は、婚約者である伯爵子息に断罪され、婚約破棄されてしまった。  ある子爵令嬢に嫌がらせをしていたと言うことである。彼女には身に覚えのない冤罪であった。    自分は、やっていない、と言っても、婚約者は信じない。  途方に暮れるディアナ。そんな時、美形の侯爵子息であるフレット・ファンエスがやって来て……。  伯爵令嬢×美形侯爵子息の恋愛ファンタジー。

待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。

待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。 もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆