【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい

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(5)初めての笑い

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その後、セリーヌはラウルに城を案内されることになった。

二人で石畳の廊下を歩きながら、ラウルは大柄な体を少し縮めるようにして、部屋ごとに一つ一つ丁寧に説明を始めた。  

「この部屋は昔、戦いの時に使われていた武器庫だ。今では倉庫として使っているが、よくネズミが出るから注意してくれ。」  

「ネ、ネズミ…ですか?」

セリーヌは思わず声を上げた。

その響きには、驚きとほんの少しの怯えが混ざっていた。  

ラウルはそんな彼女に力強く笑みを向け、胸を張った。

「安心してくれ、ネズミを捕まえる方法なら熟知している。トラップを仕掛けたり、猫を呼んだりして、これまでも何匹も退治してきたんだ!」  

彼の得意げな様子に、セリーヌは戸惑いつつも微笑みを浮かべた。

しかしその時、不意に足元に小さな影が素早く走り抜けた。  

「ぎゃっ!」  

セリーヌは驚きのあまり、小さな悲鳴を上げると、反射的にラウルの腕にしがみついた。

体温が伝わるほどしっかりと掴まれたラウルは、突然の出来事に目を丸くして固まったが、すぐに咳払いをしながら大きな声を張り上げた。  

「大丈夫だ、私が守る!」  

彼の言葉はどこか大げさで、空間に響き渡った。

それが妙に滑稽で、セリーヌは緊張が緩むと同時に、思わず笑い声を上げた。  

「ふふっ…すみません、本当に驚いただけで…。」  

久しぶりに心から笑った気がした。

胸の奥でわだかまっていた暗い気持ちが、その笑い声とともに少しずつ消えていくようだった。

一方で、ラウルは彼女の反応を見て、何とも言えない表情で口を開いた。  

「そうか…ネズミごときで私の株が上がるとは思わなかったな。」  

彼の冗談めいた口調に、セリーヌはまたクスッと笑った。

ラウルも照れ臭そうに頭をかきながら、柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔を見て、セリーヌの胸の奥がほんの少し温かくなったのを感じた。  

---

ある日の午後、セリーヌは自室の片隅に座り込み、鏡を見つめていた。

窓から差し込む薄い光が鏡面に反射し、ぼんやりと浮かぶ自分の姿を照らし出していた。

右頬の傷跡はまだ赤みを帯び、新しい皮膚が薄く光るように目立っていた。

その傷跡を見るたび、かつての婚約者アルトゥールや、失われた華やかな生活が頭をよぎり、胸が締め付けられる思いがする。  

「どうしてこんなことになってしまったのだろう…」  

思わずそう呟いた彼女の声は、部屋の中でかすかに響いた。

その時、扉の向こうからラウルの大きな足音が近づき、部屋をノックする音が聞こえた。  

「セリーヌ、入ってもいいか?」  

「あ…はい。」

彼女は慌てて鏡から目を逸らし、姿勢を正した。  

ラウルが部屋に入ると、彼女の表情を見て少し眉を寄せた。

そして、まっすぐに彼女に近づくと、静かに声をかけた。

「セリーヌ、その傷を見ていると、何か言いたくなる。」  

彼の言葉に、セリーヌは戸惑いながらも小さく問い返した。

「何ですか…?」  

ラウルは一瞬言葉を選ぶように口を閉じたが、やがて力強く続けた。

「それは君が生き延びた証だ。どれだけ君が強かったかを物語る勲章だと、私は思うよ。」  

その言葉は、彼女の心に深く響いた。

これまでその傷はただの恥としか感じられず、鏡を見るたびに心が沈んでいた。

しかしラウルの言葉は、それを初めて肯定してくれたものだった。  

「勲章…ですか?」  

セリーヌの声は震えていた。

ラウルは穏やかな笑顔を浮かべ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「ああ。君が何を乗り越えてここにいるのか、私は想像もできない。でもその傷は、君が自分の力でここまで来た証だ。誇りに思っていい。」  

彼の視線には嘘偽りがなく、その言葉は真摯そのものだった。

セリーヌはその温かさに触れると、自然と涙がこぼれそうになるのを堪えた。

こんなにも真っ直ぐに彼女を見てくれる人がいるのだと知った瞬間、胸の中で長い間凍りついていた感情が、少しだけ溶け始めたような気がした。  
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