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第8章 “氷の獣”と呼ばれる男
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その日、ルアナはいつものように村の薬草小屋で包帯の仕分けをしていた。
薪ストーブから立ちのぼる香ばしいハーブの香りに癒されながら、軽く鼻歌を歌っていた――
「トンカラ、コトコト、煮えてきた~ 熱は下がれよ、咳も止まれ~」
そこへ、扉が勢いよく開いた。
ディランが血相を変えている。
「ルアナ! 急ぎ来てくれ! 辺境泊様の兵が――!」
村の警備隊員が顔色を変えて飛び込んできた。
「ま、まさか魔物? それとも、誰かまたカブでつまずいて転んだとか?」
「なに、寝ぼけたことを! 騎士団だ! しかも、伯爵様が直々においでになったのだぞ!」
「は?」
瞬間、ルアナの頭の中は真っ白になった。
***
領の館に戻ると、吹雪を連れてやって来たかのような騎士たちが、門前にずらりと並んでいた。
そして、その中心に立つ一人の男――
「……あれが、“氷の獣”?」
ルアナは思わずつぶやいた。
銀灰色の髪を短く束ね、黒の軍装に身を包んだその男。
目元を冷たく細め、まるで斬るような視線を周囲に送っていた。
「グレイシア・ファルヴァス伯爵。フィリオノア全域を統べる、騎士団総長にして辺境の主だ」
傍らでディランが説明していたが、ルアナはよく聞いていなかった。
(……あの人の目……なんか、冷たいのに……熱い)
まるで炎を閉じ込めた氷のような視線が、一瞬だけルアナに向けられた。
どくん。
(ちょ、ちょっと待って、心臓? 私いま鼓動早くない? 転生した時に見たあの男?)
「お前がディランの言う、例の……“魔女まがいの女”か」
低く響く声が、ルアナの動揺に追い打ちをかけた。
「へっ? ま、魔女!? ちょ、ちょっとそれ失礼じゃありません?」
「そうか。では“毒使い”か。あるいは“変わり者”でもいい」
「なんかグレードが全部ひどいですね!」
ルアナはむくれながらも、地面に倒れた負傷兵に駆け寄った。
「傷は深いけど、助かります。……すぐに処置します」
彼女がためらいもなく膝をつき、泥と血にまみれた足を持ち上げ、迷いなく手を動かすのを、グレイシアは無言で見つめていた。
やがて兵が苦しみながらも目を開け、「助かった……」とつぶやくと、グレイシアの眉がほんのわずか動いた。
「……無駄口を叩かず、無駄なく動く。お前のような女が、この地にいるとはな」
「え、それ褒めてます? ちょっとツンツンしすぎて分かりづらいんですけど」
「……褒めている。だが、私は信用していない」
「やっぱりツンデレよ、この人……」
ルアナはふくれっ面で包帯を巻き直しながら、思わず口に出してしまった。
そして再び、彼の目が自分に向けられたとき――
どこか哀しげな、それでいて強い意志を秘めた視線に、心が小さく震えた。
(この人……冷たいけど)
(氷の獣、か……なんだか、違うような)
(……もしかして、あの目の奥に、炎が眠ってるんじゃ……)
「――お前は、今日から私と、我が屋敷に住め。ついてこい」
「は……?」
ルアナは、呆気にとられて、ぽかんと彼を見つめた。
グレイシアは相変わらずの氷のような表情で、ルアナの驚きなどどこ吹く風。
「薬師としての活動を命じる以上、部下のディランより、私の管理の目が届く範囲にいてもらうのが筋だからな」
「いえ、あの、屋敷って! 私、薬草まみれになりますよ!? 土とか汁とか、飛びますよ!? 貴族の屋敷に薬壺持ち込む女、前代未聞ですよ!」
「構わん。……元よりここは、前代未聞の地だ」
なんかかっこいい風に言ったけど、まったく納得できない。
ルアナは両手で頬を押さえ、「だ、だめだ……この人の理論、いつも無敵……」とめまいを起こしそうだった。
薪ストーブから立ちのぼる香ばしいハーブの香りに癒されながら、軽く鼻歌を歌っていた――
「トンカラ、コトコト、煮えてきた~ 熱は下がれよ、咳も止まれ~」
そこへ、扉が勢いよく開いた。
ディランが血相を変えている。
「ルアナ! 急ぎ来てくれ! 辺境泊様の兵が――!」
村の警備隊員が顔色を変えて飛び込んできた。
「ま、まさか魔物? それとも、誰かまたカブでつまずいて転んだとか?」
「なに、寝ぼけたことを! 騎士団だ! しかも、伯爵様が直々においでになったのだぞ!」
「は?」
瞬間、ルアナの頭の中は真っ白になった。
***
領の館に戻ると、吹雪を連れてやって来たかのような騎士たちが、門前にずらりと並んでいた。
そして、その中心に立つ一人の男――
「……あれが、“氷の獣”?」
ルアナは思わずつぶやいた。
銀灰色の髪を短く束ね、黒の軍装に身を包んだその男。
目元を冷たく細め、まるで斬るような視線を周囲に送っていた。
「グレイシア・ファルヴァス伯爵。フィリオノア全域を統べる、騎士団総長にして辺境の主だ」
傍らでディランが説明していたが、ルアナはよく聞いていなかった。
(……あの人の目……なんか、冷たいのに……熱い)
まるで炎を閉じ込めた氷のような視線が、一瞬だけルアナに向けられた。
どくん。
(ちょ、ちょっと待って、心臓? 私いま鼓動早くない? 転生した時に見たあの男?)
「お前がディランの言う、例の……“魔女まがいの女”か」
低く響く声が、ルアナの動揺に追い打ちをかけた。
「へっ? ま、魔女!? ちょ、ちょっとそれ失礼じゃありません?」
「そうか。では“毒使い”か。あるいは“変わり者”でもいい」
「なんかグレードが全部ひどいですね!」
ルアナはむくれながらも、地面に倒れた負傷兵に駆け寄った。
「傷は深いけど、助かります。……すぐに処置します」
彼女がためらいもなく膝をつき、泥と血にまみれた足を持ち上げ、迷いなく手を動かすのを、グレイシアは無言で見つめていた。
やがて兵が苦しみながらも目を開け、「助かった……」とつぶやくと、グレイシアの眉がほんのわずか動いた。
「……無駄口を叩かず、無駄なく動く。お前のような女が、この地にいるとはな」
「え、それ褒めてます? ちょっとツンツンしすぎて分かりづらいんですけど」
「……褒めている。だが、私は信用していない」
「やっぱりツンデレよ、この人……」
ルアナはふくれっ面で包帯を巻き直しながら、思わず口に出してしまった。
そして再び、彼の目が自分に向けられたとき――
どこか哀しげな、それでいて強い意志を秘めた視線に、心が小さく震えた。
(この人……冷たいけど)
(氷の獣、か……なんだか、違うような)
(……もしかして、あの目の奥に、炎が眠ってるんじゃ……)
「――お前は、今日から私と、我が屋敷に住め。ついてこい」
「は……?」
ルアナは、呆気にとられて、ぽかんと彼を見つめた。
グレイシアは相変わらずの氷のような表情で、ルアナの驚きなどどこ吹く風。
「薬師としての活動を命じる以上、部下のディランより、私の管理の目が届く範囲にいてもらうのが筋だからな」
「いえ、あの、屋敷って! 私、薬草まみれになりますよ!? 土とか汁とか、飛びますよ!? 貴族の屋敷に薬壺持ち込む女、前代未聞ですよ!」
「構わん。……元よりここは、前代未聞の地だ」
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