13 / 30
第13章 領主としての覚悟
しおりを挟む
「……疫病、ですって?」
ルアナは手にした診察記録を見つめた。
高熱、発疹、呼吸困難。
同じ症状を訴える村人が、今朝から一気に十人以上――。
「水源が原因かもしれん。近くで獣の死骸が見つかったと、兵が報告してきた」
グレイシアの声は低く冷静だったが、瞳の奥には焦燥が見え隠れしていた。
「薬を、作ります。けど……間に合うかどうか」
「お前がやるしかない。俺が、お前を信じる。だから、無理をしてでもやってくれ」
「言いましたね、無理しろって!?」
「おい、言葉尻を取るな。今は緊急事態だ」
「緊急でも、命令の仕方ってものがありますよ、伯爵様!」
ふてくされるルアナにグレイシアが小さく笑う。
それは、戦場で味わうような一瞬の安堵だった。
***
薬草を選別し、乾燥させ、煎じ、濾す。
眠る暇も食べる暇もなく、ルアナは調合を続けた。
「ルアナ、手が震えている。もう少し休め」
「だめです。あと一煎、これで最後ですから……」
唇の色が薄くなっているのを見て、グレイシアはたまらず彼女の背に手を添えた。
「なら、俺の腕を貸す」
「え?」
「立ったまま倒れるくらいなら、ここで倒れろ。……お前が壊れたら、誰が民を救う?」
一瞬だけ、ルアナの目が潤んだ。
「……やっぱり、不器用ですね」
「うるさい」
***
村の広場では、集まった民たちが混乱の只中にあった。
「病がうつる!」
「逃げろ!」
「誰か助けてくれ!」
グレイシアは、堂々と群衆の前に立つと、マントを翻して叫んだ。
「落ち着け! この場から一歩も動くな! お前たちは――見捨てられない!」
どよめきの中、彼の視線はまっすぐ民に向けられていた。
「我が領で命を落とす者は、決して出さぬ! 薬は調合中だ。信じて待て!」
その言葉には、何よりの力があった。誰よりも冷たいと呼ばれた男の声が、今、民の心をつかんでいた。
***
その夜、村の診療所で。
「……薬、間に合いました」
「よくやった、ルアナ」
ルアナの手から最後の瓶を受け取ったグレイシアは、彼女の前に膝をつき、その手をそっと握った。
「俺は……お前を、もう二度と誰にも傷つけさせない」
「……グレイシアさま?」
「この命に代えても、お前を守ると、ここに誓う」
ルアナは、一瞬ぽかんと口を開け――そして、ぷっと吹き出した。
「な、何がおかしい」
「だって、まるで……結婚の誓いみたいで」
「……この期に及んで、そう聞こえるなら、そうなのかもしれんな」
「ちょ、ちょっと待って!? わたし、まだ心の準備が――」
「ふむ、では覚悟を決めておけよ」
ルアナは頬を赤く染め、グレイシアはふと笑みを浮かべる。
この夜、ひとつの村が救われ、そしてふたりの距離は確かに、心を通わせた。
ルアナは手にした診察記録を見つめた。
高熱、発疹、呼吸困難。
同じ症状を訴える村人が、今朝から一気に十人以上――。
「水源が原因かもしれん。近くで獣の死骸が見つかったと、兵が報告してきた」
グレイシアの声は低く冷静だったが、瞳の奥には焦燥が見え隠れしていた。
「薬を、作ります。けど……間に合うかどうか」
「お前がやるしかない。俺が、お前を信じる。だから、無理をしてでもやってくれ」
「言いましたね、無理しろって!?」
「おい、言葉尻を取るな。今は緊急事態だ」
「緊急でも、命令の仕方ってものがありますよ、伯爵様!」
ふてくされるルアナにグレイシアが小さく笑う。
それは、戦場で味わうような一瞬の安堵だった。
***
薬草を選別し、乾燥させ、煎じ、濾す。
眠る暇も食べる暇もなく、ルアナは調合を続けた。
「ルアナ、手が震えている。もう少し休め」
「だめです。あと一煎、これで最後ですから……」
唇の色が薄くなっているのを見て、グレイシアはたまらず彼女の背に手を添えた。
「なら、俺の腕を貸す」
「え?」
「立ったまま倒れるくらいなら、ここで倒れろ。……お前が壊れたら、誰が民を救う?」
一瞬だけ、ルアナの目が潤んだ。
「……やっぱり、不器用ですね」
「うるさい」
***
村の広場では、集まった民たちが混乱の只中にあった。
「病がうつる!」
「逃げろ!」
「誰か助けてくれ!」
グレイシアは、堂々と群衆の前に立つと、マントを翻して叫んだ。
「落ち着け! この場から一歩も動くな! お前たちは――見捨てられない!」
どよめきの中、彼の視線はまっすぐ民に向けられていた。
「我が領で命を落とす者は、決して出さぬ! 薬は調合中だ。信じて待て!」
その言葉には、何よりの力があった。誰よりも冷たいと呼ばれた男の声が、今、民の心をつかんでいた。
***
その夜、村の診療所で。
「……薬、間に合いました」
「よくやった、ルアナ」
ルアナの手から最後の瓶を受け取ったグレイシアは、彼女の前に膝をつき、その手をそっと握った。
「俺は……お前を、もう二度と誰にも傷つけさせない」
「……グレイシアさま?」
「この命に代えても、お前を守ると、ここに誓う」
ルアナは、一瞬ぽかんと口を開け――そして、ぷっと吹き出した。
「な、何がおかしい」
「だって、まるで……結婚の誓いみたいで」
「……この期に及んで、そう聞こえるなら、そうなのかもしれんな」
「ちょ、ちょっと待って!? わたし、まだ心の準備が――」
「ふむ、では覚悟を決めておけよ」
ルアナは頬を赤く染め、グレイシアはふと笑みを浮かべる。
この夜、ひとつの村が救われ、そしてふたりの距離は確かに、心を通わせた。
11
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜
見丘ユタ
恋愛
意地悪な双子の姉に聖女迫害の罪をなすりつけられた伯爵令嬢リーゼロッテは、罰として追放同然の扱いを受け、偏屈な辺境伯ユリウスの家事使用人として過ごすことになる。
ユリウスに仕えた使用人は、十日もたずに次々と辞めさせられるという噂に、家族や婚約者に捨てられ他に行き場のない彼女は戦々恐々とするが……彼女を出迎えたのは自称当主の少年だった。
想像とは全く違う毎日にリーゼロッテは戸惑う。「なんだか大切にされていませんか……?」と。
婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!
まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。
笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン!
でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!
私、今から婚約破棄されるらしいですよ!舞踏会で噂の的です
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
デビュタント以来久しぶりに舞踏会に参加しています。久しぶりだからか私の顔を知っている方は少ないようです。何故なら、今から私が婚約破棄されるとの噂で持ちきりなんです。
私は婚約破棄大歓迎です、でも不利になるのはいただけませんわ。婚約破棄の流れは皆様が教えてくれたし、さて、どうしましょうね?
呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!
ルーシャオ
恋愛
若きグレーゼ侯爵ベレンガリオが半年間の遠征から帰ると、愛するグレーゼ侯爵夫人ジョヴァンナがまるまると太って出迎え、あまりの出来事にベレンガリオは「お前とは離婚する」と言い放ちました。
しかし、ジョヴァンナが太ったのはあくまでベレンガリオへ向けられた『呪い』を代わりに受けた影響であり、決して不摂生ではない……と弁解しようとしますが、ベレンガリオは呪いを信じていません。それもそのはず、おとぎ話に出てくるような魔法や呪いは、とっくの昔に失われてしまっているからです。
仕方なく、ジョヴァンナは痩せようとしますが——。
愛している妻がいつの間にか二倍の体重になる程太ったための離婚の危機、グレーゼ侯爵家はどうなってしまうのか。
【完結済】獅子姫と七人の騎士〜婚約破棄のうえ追放された公爵令嬢は戦場でも社交界でも無双するが恋愛には鈍感な件〜
鈴木 桜
恋愛
強く賢く、美しい。絵に描いたように完璧な公爵令嬢は、婚約者の王太子によって追放されてしまいます。
しかし……
「誰にも踏み躙られない。誰にも蔑ろにされない。私は、私として尊重されて生きたい」
追放されたが故に、彼女は最強の令嬢に成長していくのです。
さて。この最強の公爵令嬢には一つだけ欠点がありました。
それが『恋愛には鈍感である』ということ。
彼女に思いを寄せる男たちのアプローチを、ことごとくスルーして……。
一癖も二癖もある七人の騎士たちの、必死のアプローチの行方は……?
追放された『哀れな公爵令嬢』は、いかにして『帝国の英雄』にまで上り詰めるのか……?
どんなアプローチも全く効果なし!鈍感だけど最強の令嬢と騎士たちの英雄譚!
どうぞ、お楽しみください!
【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます
よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」
婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。
「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」
「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」
両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。
お姉様からは用が済んだからと捨てられます。
「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」
「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」
ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。
唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。
ここから私の人生が大きく変わっていきます。
婚約破棄ですか? どうなっても知りませんよ
天宮有
恋愛
貴族達が集まっている場で、公爵令嬢の私キャシーはドリアス王子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
理由は捏造して私を悪者にしてから、王子は侯爵令嬢クノレラを新たな婚約者にすると宣言した。
婚約破棄を受け入れた私は、王子がこれから大変な目に合うことがわかっていた。
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる