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第15章 悪意の再来
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ある晴れた午後、辺境の地に珍しくも、煌びやかな馬車が土埃を巻き上げてやって来た。
扉に刻まれた紋章は、ルアナが見覚えのあるものだった。
「……これは……セドリック家の、印……?」
風に吹かれてひらりと揺れる旗印を見て、ルアナの顔から血の気が引いた。
「なぜ今さら……」
「俺が会う。お前は屋敷に戻れ」
そう言ったのは、もちろんグレイシアだった。
彼の顔はいつになく険しく、まるで氷の刃のように鋭かった。
***
客間の扉が重く閉ざされると、空気は一変した。
「久しいな、グレイシア伯爵。私は王都より、セドリック様の命にて参上した。ルアナ嬢を都へお返しいただきたい」
やけに愛想のいい笑みを浮かべた男が、芝居がかった口調で言った。
「返すだと?」
グレイシアは、椅子に背を預け、足を組んだ。
表情は無表情。
声に込められた温度は、凍てつく氷のようだった。
「その女は、セドリック様の元婚約者であり、王都の貴族の──」
「その“女”に、再び触れようとするなら」
低く、重く、そして確かに響く声が部屋を支配する。
「貴様の主もろとも、国を敵に回すことになる。よく覚えておけ」
使者の顔から笑みが消えた。
額には汗がにじみ、唇が小刻みに震える。
「こ、こっ、これは正式な──」
「この地に法はある。だが“俺の意志”が、それ以上に強い」
グレイシアの言葉は、まるで刃。
誰より冷たく、だが誰よりも熱かった。
「さっさと主の元へ帰れ。そして“捨てた女を今さら拾いに来るな”と、お前の主に伝えろ」
***
使者の馬車が砂埃を立てて去っていったあと、ルアナは庭でグレイシアに問うた。
「……本当に、追い返してしまって、よかったんですか?」
「当然だ。こちらに有利な証拠も手元に無い。今はその時期ではないだろ?」
「でも、セドリック様は王都の重臣で……」
「関係ない」
グレイシアはきっぱりと言った。
まるで迷いなど一つもなかった。
「俺の領地に足を踏み入れたことを、後悔させてやる。お前を“ただの道具”としか見なかったやつに、温情は不要だ」
「…………」
ルアナは胸がいっぱいになった。
ずっと、誰かに守られることなんてなかった。
利用され、見捨てられてきた彼女にとって、グレイシアの言葉は何よりも温かかった。
「……あの、伯爵様。もしかして……わたしのこと、少しは“大切に思って”くれてる、んですか?」
「少しだ?」
グレイシアは眉をひそめた。
「お前、自分の価値を見くびりすぎだ」
「……!」
顔が熱くなるのを隠すため、ルアナは帽子を深くかぶった。
「で、でもっ! わたしなんて地味だし、目立たないし、よく転ぶし、たまに寝言で薬草の名前を叫ぶし……」
「知ってる」
「……全部知ってるんですね……!」
「全部、知ってるから守ると言ってるんだ」
そして彼は、珍しく少しだけ視線を逸らした。
「……可愛い寝言だった」
「きゃーーーーーっ!!」
ルアナの叫びは、辺境の空を越えて響いたという。
扉に刻まれた紋章は、ルアナが見覚えのあるものだった。
「……これは……セドリック家の、印……?」
風に吹かれてひらりと揺れる旗印を見て、ルアナの顔から血の気が引いた。
「なぜ今さら……」
「俺が会う。お前は屋敷に戻れ」
そう言ったのは、もちろんグレイシアだった。
彼の顔はいつになく険しく、まるで氷の刃のように鋭かった。
***
客間の扉が重く閉ざされると、空気は一変した。
「久しいな、グレイシア伯爵。私は王都より、セドリック様の命にて参上した。ルアナ嬢を都へお返しいただきたい」
やけに愛想のいい笑みを浮かべた男が、芝居がかった口調で言った。
「返すだと?」
グレイシアは、椅子に背を預け、足を組んだ。
表情は無表情。
声に込められた温度は、凍てつく氷のようだった。
「その女は、セドリック様の元婚約者であり、王都の貴族の──」
「その“女”に、再び触れようとするなら」
低く、重く、そして確かに響く声が部屋を支配する。
「貴様の主もろとも、国を敵に回すことになる。よく覚えておけ」
使者の顔から笑みが消えた。
額には汗がにじみ、唇が小刻みに震える。
「こ、こっ、これは正式な──」
「この地に法はある。だが“俺の意志”が、それ以上に強い」
グレイシアの言葉は、まるで刃。
誰より冷たく、だが誰よりも熱かった。
「さっさと主の元へ帰れ。そして“捨てた女を今さら拾いに来るな”と、お前の主に伝えろ」
***
使者の馬車が砂埃を立てて去っていったあと、ルアナは庭でグレイシアに問うた。
「……本当に、追い返してしまって、よかったんですか?」
「当然だ。こちらに有利な証拠も手元に無い。今はその時期ではないだろ?」
「でも、セドリック様は王都の重臣で……」
「関係ない」
グレイシアはきっぱりと言った。
まるで迷いなど一つもなかった。
「俺の領地に足を踏み入れたことを、後悔させてやる。お前を“ただの道具”としか見なかったやつに、温情は不要だ」
「…………」
ルアナは胸がいっぱいになった。
ずっと、誰かに守られることなんてなかった。
利用され、見捨てられてきた彼女にとって、グレイシアの言葉は何よりも温かかった。
「……あの、伯爵様。もしかして……わたしのこと、少しは“大切に思って”くれてる、んですか?」
「少しだ?」
グレイシアは眉をひそめた。
「お前、自分の価値を見くびりすぎだ」
「……!」
顔が熱くなるのを隠すため、ルアナは帽子を深くかぶった。
「で、でもっ! わたしなんて地味だし、目立たないし、よく転ぶし、たまに寝言で薬草の名前を叫ぶし……」
「知ってる」
「……全部知ってるんですね……!」
「全部、知ってるから守ると言ってるんだ」
そして彼は、珍しく少しだけ視線を逸らした。
「……可愛い寝言だった」
「きゃーーーーーっ!!」
ルアナの叫びは、辺境の空を越えて響いたという。
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