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第24章 傷の記憶
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「……あの人、いつまで眠ったままなんでしょう」
森での魔獣討伐から三日目。
薬草の香りが満ちる寝室の中で、ルアナは椅子に座ったまま頬杖をついていた。
ベッドの上には、まだ目を閉じたままのグレイシアが横たわっている。
医師は「命に別状はない」と言った。
だが、彼は目を覚まさない。
「……あなたは、やっぱり無茶ばっかりで、頑固で、薬も飲まないし、野菜も食べないし……」
隣で寝ている彼に向かってぶつぶつ言いながら、ルアナはふと口を噤んだ。
そして、ぽつりと呟く。
「……前世でも今世でも、私は誰かを守れるほど強くなかったの」
その声は、とても静かで、誰にも聞こえないような囁きだった。
「私、ずっと臆病で……一歩踏み出すのが怖くて……」
小さく笑って、涙を堪えながら彼の手をそっと握る。
冷たくはない。
けれど、返事もない。
「あなたが眠っている間にしか、言えないんですよ。ずるいでしょ」
――そのとき。
「……ずるいのは、君のほうだ」
「ひっ!?」
突然、瞼がわずかに動き、グレイシアの低くかすれた声が響いた。
「え、えっ……!? 起きてたんですか!? いや、今、最悪のタイミングで目覚めましたよね!? 演出とか考えてください!」
「……そんなに怒鳴られるとは思わなかった……」
ルアナは慌てふためき、ベッドから飛びのいた。
グレイシアはうっすら笑みを浮かべ、ベッドの上でぼそりとつぶやく。
「君は……ずっと一人で、そう思ってきたんだな」
「……違います、忘れてください、全部寝言です、はい!」
「忘れない」
「えっ」
グレイシアは、そっと手を伸ばした。その指先が、ルアナの頬に触れる。
「君は、もう一人じゃない。私がいる。だから――強くなろうとしなくていい。弱くても、泣いても、君は君だ」
「……そんな、優しいこと言わないでください……」
ルアナの目に、またぽろりと涙がこぼれた。
彼女は涙を拭おうとして、ぐいっと袖で目元をこすった。
「なんで、泣いてるんだ?」
「悔しいんですよ。なんか、あなたにばっかり格好つけられて」
「……私は今、寝転がってるだけだが?」
「その寝転がり方が様になってるんです! もう、ずるい人!」
ルアナはふくれっ面になりながらも、少し照れたように笑った。
グレイシアも、どこか安心したように目を細めた。
「でも……本当に良かった。目を覚ましてくれて」
「君の声が、目覚ましになった」
「えっ、えっ、じゃああの、独り言、全部聞かれて……?」
「完璧に、ばっちり」
「うわあああああああああ!」
ルアナが顔を赤くして飛び跳ねるのを、グレイシアは微笑ましく見つめていた。
彼女が必死で恥ずかしさをごまかすその姿こそ、今の彼にとって何よりの癒しだった。
やがてルアナは、はあ、とひとつ大きく息をつき、彼の隣に静かに腰を下ろした。
「……もう、一人じゃないって言いましたよね?」
「ああ、何度でも言う。君は、私の隣にいる」
「じゃあ……私も、あなたの隣にいるって、信じていいんですね?」
「もちろんだ。君は、私の大切な“薬草令嬢”だからな」
「それ、褒めてます?」
「最高級の愛の言葉だ」
「……ふふっ。そういうところ、ずるいって言ってるんですからね」
彼女の笑顔が、春の陽だまりのように柔らかく揺れた。
心の奥にあった「前世」の傷も、今は少しずつ癒えていく。
森での魔獣討伐から三日目。
薬草の香りが満ちる寝室の中で、ルアナは椅子に座ったまま頬杖をついていた。
ベッドの上には、まだ目を閉じたままのグレイシアが横たわっている。
医師は「命に別状はない」と言った。
だが、彼は目を覚まさない。
「……あなたは、やっぱり無茶ばっかりで、頑固で、薬も飲まないし、野菜も食べないし……」
隣で寝ている彼に向かってぶつぶつ言いながら、ルアナはふと口を噤んだ。
そして、ぽつりと呟く。
「……前世でも今世でも、私は誰かを守れるほど強くなかったの」
その声は、とても静かで、誰にも聞こえないような囁きだった。
「私、ずっと臆病で……一歩踏み出すのが怖くて……」
小さく笑って、涙を堪えながら彼の手をそっと握る。
冷たくはない。
けれど、返事もない。
「あなたが眠っている間にしか、言えないんですよ。ずるいでしょ」
――そのとき。
「……ずるいのは、君のほうだ」
「ひっ!?」
突然、瞼がわずかに動き、グレイシアの低くかすれた声が響いた。
「え、えっ……!? 起きてたんですか!? いや、今、最悪のタイミングで目覚めましたよね!? 演出とか考えてください!」
「……そんなに怒鳴られるとは思わなかった……」
ルアナは慌てふためき、ベッドから飛びのいた。
グレイシアはうっすら笑みを浮かべ、ベッドの上でぼそりとつぶやく。
「君は……ずっと一人で、そう思ってきたんだな」
「……違います、忘れてください、全部寝言です、はい!」
「忘れない」
「えっ」
グレイシアは、そっと手を伸ばした。その指先が、ルアナの頬に触れる。
「君は、もう一人じゃない。私がいる。だから――強くなろうとしなくていい。弱くても、泣いても、君は君だ」
「……そんな、優しいこと言わないでください……」
ルアナの目に、またぽろりと涙がこぼれた。
彼女は涙を拭おうとして、ぐいっと袖で目元をこすった。
「なんで、泣いてるんだ?」
「悔しいんですよ。なんか、あなたにばっかり格好つけられて」
「……私は今、寝転がってるだけだが?」
「その寝転がり方が様になってるんです! もう、ずるい人!」
ルアナはふくれっ面になりながらも、少し照れたように笑った。
グレイシアも、どこか安心したように目を細めた。
「でも……本当に良かった。目を覚ましてくれて」
「君の声が、目覚ましになった」
「えっ、えっ、じゃああの、独り言、全部聞かれて……?」
「完璧に、ばっちり」
「うわあああああああああ!」
ルアナが顔を赤くして飛び跳ねるのを、グレイシアは微笑ましく見つめていた。
彼女が必死で恥ずかしさをごまかすその姿こそ、今の彼にとって何よりの癒しだった。
やがてルアナは、はあ、とひとつ大きく息をつき、彼の隣に静かに腰を下ろした。
「……もう、一人じゃないって言いましたよね?」
「ああ、何度でも言う。君は、私の隣にいる」
「じゃあ……私も、あなたの隣にいるって、信じていいんですね?」
「もちろんだ。君は、私の大切な“薬草令嬢”だからな」
「それ、褒めてます?」
「最高級の愛の言葉だ」
「……ふふっ。そういうところ、ずるいって言ってるんですからね」
彼女の笑顔が、春の陽だまりのように柔らかく揺れた。
心の奥にあった「前世」の傷も、今は少しずつ癒えていく。
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