【完結】無自覚モブ令嬢、王宮ラブロマンスの主役にされるなんて ~破棄された平凡侍女ですが、王太子殿下に溺愛されてます~

朝日みらい

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第3章:優しさは罪ですか

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「そんなに顔を伏せることないよ。君の瞳、綺麗なのに」

 そう囁かれた瞬間、わたしの心臓は、本気で跳ねました。



 わたしはリリィ・エンフィールド、王女セラフィナ様付きの地味侍女。

侍女の中でも最も“地味”であり、それを誇りとしていたはずでした。

 でも今、わたしは王太子ユリウス殿下と、思いがけず視線を交わしてしまったのです。



 ――こんなの、だめです。

 殿下は王族で、わたしは侍女なんです。身分も立場も、まったく釣り合っていないことはわかっています。

しかも、王女様が舞踏会に出られなかった“つなぎ”として、わたしが代理に立っただけ。

 代理、です。つまり、わたしは「誰かの代わり」。

 本物ではなく、仮の存在。

 わたしが側にいた時間も、笑い合った会話も、もしかしたら「仮」の思い出にすぎないのかもしれない――



 なのに、どうしてユリウス殿下は、あんなにも優しい笑顔を向けてくださるのですか。

「君が笑ってくれると、僕まで嬉しくなる」

 そんな言葉を言われたら……信じたくなってしまうじゃないですか。

 信じてしまいたくなるじゃないですか。



 でも。

 優しさは罪です。

 だって、それは時に人の心を乱してしまうから。

 わたしは侍女で、代用品で、本来ならば王女様と彼の間に立つことなど絶対にありえないはずなのに、こうして何度も、何度も、気持ちが揺れてしまうのです。

 衣装係として下働きに戻されて、正直しんどい日々も、殿下はふと訪れて、わたしに声をかけてくれるだけて、ぱっと花が咲いたように心が明るくなるんです。



「まだボタンの山と格闘中?」

「そんな言い方をしないでください……今日はレースとの闘いです」

「なるほど、刺繍と戦う騎士だね」

「侍女ですから!」

 わたしの怒った(ふりの)言葉に、殿下は笑いました。

 本当に、ずるい方です。



 その後も、わたしが廊下で書類を抱えていた時、殿下はさりげなくフォローしてくださって、しかもその手は、とても温かかったのです。

「落とした紙、これで全部かな?」

「ありがとうございます、殿下……」

 紙の中には、王宮の職務評価書が混じっていて、それにはわたしの名前と“仮婚約者候補”の文字が記されていました。

 その一枚に殿下の視線がちらりと落ちて、わたしは慌てて隠しました。

「それは……見ないでください……!」

「あの時、君と出会えたこと、僕はうれしく思ってるよ」

「でもそれは“代理”です! わたしは姫様の代わりで……」

「代わりでも、僕にとっては大切な時間だったんだよ」

 その言葉は、どこか遠くて近くて――ずるいくらい優しくて。


 わたしは侍女です。侍女で、代用品で、そして何よりも「影」だったはずなのに。



 それでも。

 「誰かの代わり」であるこのわたしの中に、“わたしだけ”を見つけてくれる誰かがいるのなら――

 心は、勝手に熱くなってしまうものなのですね。



 王宮の廊下を歩くと、周囲の視線が痛いほど注がれていました。

 特に、侍女仲間の間では陰口が増えてきて――

「ちょっと笑っただけで、王太子に媚びてるのね」

「でも所詮代用品、すぐ捨てられるわよ」

 そんな声が刺さります。

 胸が、ぎゅっと痛くなりました。

 でも……その痛みの向こうで、殿下の言葉が響いていました。



「君の瞳は綺麗だ」

「君の紅茶はほっとする」

「君が笑うと、僕も嬉しい」



 ひとつひとつが、わたしの心に小さな灯をともしていったのです。

 優しさは罪です。

 でも――その罪に触れてしまったら、もう元には戻れないのかもしれません。

 わたしは……影に生きるだけでは、物足りなくなっています。
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