【完結】無自覚モブ令嬢、王宮ラブロマンスの主役にされるなんて ~破棄された平凡侍女ですが、王太子殿下に溺愛されてます~

朝日みらい

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第4章:騎士と嘘のペンダント

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 それは、雨上がりの午後のことでした。

 王宮の中庭に花の香りが立ちこめる頃、私は衣装係の用事で洗濯場に向かっておりました。

腕には王女セラフィナ様のドレス――

次回舞踏会用のもので、純白にラベンダーの刺繍がほどこされた、繊細な一着です。

 ふとその時、視界の端に金色が揺れて、思わず立ち止まりました。



 金髪の青年騎士。

凛とした背筋に冷たい碧眼――王女様の直属護衛騎士にして、名門ヴァレンティナ家の御子息、グレイ様です。

 ですが、普段の彼は、わたしなんか眼中にないような寡黙さで、目が合っても無言で通り過ぎるだけ。

冷静沈着、無表情――まさに“氷の騎士”。



 ところが――その日は違いました。

「……リリィ」

 名を呼ばれたことに驚きすぎて、思わずドレスを落としかけました。

慌てて抱え直したところへ、彼がすっと手を伸ばして、それを受け取ってくださったのです。

「大丈夫か」

「は、はいっ……!ありがとうございます……でも、その……どうして、わたしの名前を」

「殿下のお気に入りの目だちすぎる侍女として、覚えているだけだ」

 その割に、目が合った途端、一瞬だけ――本当に一瞬だけですが、その瞳が優しく緩んだ気がしました。

 そして、グレイ様は懐から小さな銀のペンダントを取り出して、わたしへ差し出したのです。

「これを持っておけ。お守り代わりだ」

「えっ……? そ、それは……なぜ……?」

「落とし物だ。君が持っていたような気がした。……いや、昔……君を見たことがあるような、そんな気がしてな」



 “昔――?”

 なにか、胸がぎゅっと掴まれたような感覚に襲われました。

でも、記憶はぼんやりとしていて、そのペンダントに見覚えがあるようで、ないようで……。

「……すみません。思い出せそうで、思い出せません。でも、このペンダント……手にすると、少しだけ、胸が痛みます」

「それでいい。君が覚えていなくても、忘れられなかった者が、ここにいるだろ」

 そんな、穏やかな声をあの氷の騎士が紡いだことに、わたしはただ、呆然としてしまいました。

 王宮の回廊に吹く初夏の風が、ふたりの間を通り抜ける中、ペンダントの銀がかすかに光ったのです。



 その夜、侍女部屋に戻った私は、何度もペンダントを手にして眺めていました。

 楕円型の銀のチャーム。繊細な彫刻がほどこされていて、中央には薔薇の模様。

そして裏には、筆記体で一文字――「L」の彫り。



 ……これは、わたしの名前――リリィ――を意味している?

 でも、誰が、いつ、なぜ――?



 悩んでいるうちに、ふと窓の外で誰かの声が聞こえました。

「リリィ。開けてくれないか?」

 えっ、まさか、ユリウス殿下!?

 慌てて窓を開けると、薔薇の茂みの向こうに、夜の外套姿の王太子殿下が立っていました。

「遅くなってすまない。君に渡したいものがあって」

「渡したいもの……って、何ですか!?」

「これだ」

 差し出されたのは、なんと――ペンダントとそっくりな形の髪飾り。

色も彫刻も酷似していて、裏側には「Y」の文字が刻まれていました。

「……これは……」

「僕のイニシャル。君の“L”と対になるように作ったものなんだ」

「え……」

「君のものに似ているのは偶然じゃない。昔、亡くなった正妃の暮らす離宮で、小さな子が中庭で首に銀のチャームを下げているのを見たことがあるんだ。それがずっと記憶に残っていてね」



 ――昔、離宮の中庭で。

 その記憶が、グレイ様とユリウス殿下――ふたりの話と、重なっていく。

 まさか、過去にわたしが離宮の中で……?



 わたしは、確かに今の侍女になるまでの記憶があまり鮮明ではないのです。

幼少期の記憶が欠けていて、それを「事故の後遺症」と説明されていました。

 でも、もしかして――その「記憶の空白」の中に、彼らとの接点が……?



 わたしは胸元のペンダントを握りしめました。

 そして、思いました。



 もしこのペンダントが“嘘”ではなく、“真実”を語るためのものなのだとしたら――

 わたしは、その秘密を知る“鍵”を、ずっと抱いて生きてきたのかもしれない、と。



「次の舞踏会、私と同席してほしい。婚約者候補としてだよ」  

「えっ……!」

 夜風が静かに吹き抜けて、銀のペンダントと髪飾りが、ほのかに揺れました。
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