【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい

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(2)過去と思い出 

薄暗い廊下の片隅で、幼いアリシアは壁に寄りかかって立ち尽くしていた。

柔らかな髪はまだリボンでまとめられ、くりくりとした目は夢見がちな年頃。

その頃の彼女には、「自分がいつか立派な王女になる」と信じて疑わない無邪気さがあった。  

「お姉様たちは本当にきれい……」  

ふわふわのシフォンと絹のドレスを身にまとい、舞踏会に向かう長姉と次姉。

アリシアは彼女たちの周りで忙しなく動く侍女たちを眺めながら、小さな手で膝の上の布切れを握りしめた。

それは、母がいつかのためにと用意してくれたドレスの生地だった。  

「私もいつか、こんなふうに……」  

だがその夢は、ある日ぽっきりと折られた。

アリシアが10歳を迎えた頃のことだった。  

父王が王座の間で話している声を、廊下越しに聞いたのだ。

普段なら近寄らない場所。

だがその日、なぜか好奇心が勝ってしまった。  

「……あの子は人質にするには丁度いい。」  

その言葉を耳にした瞬間、アリシアの体はピクリと硬直した。  

「美貌は平凡だし、性格も目立たない。」  

父王の冷たい声が続く。

廊下の隅に隠れていたアリシアは、耳を塞ごうかどうしようか迷った。

しかし、そのまま聞いてしまった。  

「リュネリアが存続するために役に立つのは、あれだ。」  

「……あれ……?」

アリシアの目に映る世界がぐにゃりと歪む。

自分が「アリシア」ではなく、「あれ」として語られる衝撃。

小さな胸がきゅうっと締め付けられた。  

その場で涙を流せたら楽だったかもしれない。

けれど、アリシアは泣けなかった。

ただぼんやりと廊下のタイルを見つめ、冷たい石の感触が足元から伝わるのを感じていた。  

やがて、重厚な扉が開く音がした。

アリシアは慌てて影に隠れた。

王座の間から出てきたのは父王と数人の側近。

彼らは気付くことなく通り過ぎたが、その足音がどれほど冷たく響いたことか。  

「人質……私はそのために生まれたの……?」

それからの日々、アリシアは次第に自分の役割を受け入れるようになった。

いや、受け入れざるを得なかったと言ったほうが正しい。  

「私は特別じゃない。ただ、王国のために役立てばいい。」  

そう自分に言い聞かせるたび、心の中で小さな声が囁く。  

「それでも、誰かに特別だと思われたい……」

この矛盾した感情が、アリシアを長い間苦しめた。  

彼女の暮らしは変わらなかった。

姉たちが舞踏会に出かけるたび、アリシアは小さな部屋で一人きり、古びた本を読んで時間を潰した。

時折、侍女たちの笑い声が廊下に響く。

それを聞くたびに、アリシアは自分がどれほど孤独なのかを思い知らされる。  

しかし、そんな日々の中でも、アリシアには小さな反発心があった。  

「どうせ人質にされるなら、せめて相手国の王子に嫌われないようにしてやるんだから!」  

鏡の前で一生懸命に身だしなみを整えるアリシアは、少しだけ気丈に見えた。

彼女の小さな希望は、まだ完全に消えてはいなかったのだ。  

ある日のこと、アリシアは部屋の中でこっそりドレスを手縫いしていた。

粗末な布地だったが、彼女なりに刺繍を加えたり、リボンをつけたりして少しでも華やかに見せようとしていた。  

「どうせ人質だって言うけど、見た目くらい気を使わないとね!」  

アリシアの小さな反抗は、そんな些細なところで現れる。

だがその努力を誰かに褒めてもらったことは一度もない。  

それでも彼女は心の奥底で願っている。  

「いつか、誰かが私を見つけてくれる日が来るのかな?」

その日が来ることを信じて、アリシアは自分の役割を黙々と受け入れ続けた。

廊下の隅で、光を待つ影のように。  
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