3 / 57
(3)婚礼の日
出発の日は、どんよりとした曇り空だった。
小雨が降り出しそうな雰囲気だが、空気は妙に冷え込んでいて、アリシアは肩をすぼめる。
王宮の石畳の上には古めかしい馬車が停まっており、周囲にはごく少数の兵士と侍女たちが見守っている。
華やかさの欠片もない、簡素すぎる見送りだった。
「これが王女の嫁入りっていうやつね。」
アリシアは心の中で苦笑したが、口には出さない。
ただ、父王の前では「王女らしく」振る舞わなければならないのだ。
馬車に乗り込む前、父王が一応形式上の別れの言葉を口にした。
声には微塵も感情がこもっていない。
「アリシア、リュネリアの名を汚すような真似だけはするな。向こうで何があろうと耐えるのだ。」
その言葉を聞いて、アリシアは内心で皮肉気味に思う。
「このセリフ、もはや『生きて帰らなくてもいい』って意味じゃない?」
だが、アリシアは何も言わず、ただ柔らかく微笑んでみせた。
その笑顔は薄氷のように儚い。
彼女は馬車の窓から小さく手を振り、形式的な別れの挨拶を済ませる。
馬車のドアが閉まり、重厚な音が響く。
馬車が動き出すと、王宮の門が少しずつ遠ざかり、見慣れた景色が後ろへ流れていく。
アリシアは揺れる馬車の中で、ふっと小さく息をついた。
ふと、これから嫁ぐ相手――アルドラス帝国の皇帝カイゼルについての噂を思い出す。
「残虐無表情」「人の心がない」「敵対する国を容赦なく滅ぼした冷血漢」。
どれもこれも物騒なものばかり。
ポジティブな情報は一切ない。
「まあ、そういう相手だからこそ、私みたいなのが選ばれたのよね。」
彼女は小さくつぶやき、苦笑する。
まるで、自分自身を嘲るような笑いだった。
窓の外を見ると、空はますます暗く、雨が降り出しそうだった。
旅路は長いが、アリシアにとって心の晴れ間が訪れる気配はない。
馬車の中では、侍女長のエマが無表情で手荷物の整理をしている。
彼女の動きは機械的で、淡々としていた。
エマは長年アリシアに仕えているが、感情をあらわにすることはめったにない。
その静かな様子に、アリシアは何か言葉を投げかけたくなった。
いつものように軽口でも叩かなければ、この重苦しい空気に押しつぶされてしまいそうだった。
「ねえ、エマ。私が殺されそうになったらどうする?」
その冗談じみた問いに、エマは手を止め、冷静に答えた。
「さすがにそれは困りますので、皇帝陛下に直接お願いしてみます。」
「お願いしてみます、ね……。」
アリシアは肩をすくめて笑った。
エマらしい無感情な返答に、どこか救われた気がする。
「それで通じる相手ならいいけど!……ま、案外奇跡があるかもしれないわね。」
彼女はそう言いながら、つい吹き出しそうになるのをこらえた。
奇跡なんて、現実味がないとわかっている。
でも、少しでも未来に希望を持たなければ、この旅路はあまりにも長すぎる。
アリシアは目を閉じ、カイゼルについての噂を再び頭の中で整理してみる。
顔も知らない相手なのに、想像だけが膨らんでいく。
彼女はため息をつき、心の中で自分に言い聞かせた。
「大丈夫よ、アリシア。どうせ私は影みたいな存在なんだから。向こうでもきっと目立たず、ただの装飾品みたいに扱われるだけ。」
そう思うことで、不安をやり過ごそうとした。
しかし、心のどこかでは「特別だと思われたい」という小さな願いが消えずに残っていることに気付いていた。
曇り空の下、アリシアを乗せた馬車は静かに進む。まだ見ぬ運命の地――アルドラス帝国へと向かって。
小雨が降り出しそうな雰囲気だが、空気は妙に冷え込んでいて、アリシアは肩をすぼめる。
王宮の石畳の上には古めかしい馬車が停まっており、周囲にはごく少数の兵士と侍女たちが見守っている。
華やかさの欠片もない、簡素すぎる見送りだった。
「これが王女の嫁入りっていうやつね。」
アリシアは心の中で苦笑したが、口には出さない。
ただ、父王の前では「王女らしく」振る舞わなければならないのだ。
馬車に乗り込む前、父王が一応形式上の別れの言葉を口にした。
声には微塵も感情がこもっていない。
「アリシア、リュネリアの名を汚すような真似だけはするな。向こうで何があろうと耐えるのだ。」
その言葉を聞いて、アリシアは内心で皮肉気味に思う。
「このセリフ、もはや『生きて帰らなくてもいい』って意味じゃない?」
だが、アリシアは何も言わず、ただ柔らかく微笑んでみせた。
その笑顔は薄氷のように儚い。
彼女は馬車の窓から小さく手を振り、形式的な別れの挨拶を済ませる。
馬車のドアが閉まり、重厚な音が響く。
馬車が動き出すと、王宮の門が少しずつ遠ざかり、見慣れた景色が後ろへ流れていく。
アリシアは揺れる馬車の中で、ふっと小さく息をついた。
ふと、これから嫁ぐ相手――アルドラス帝国の皇帝カイゼルについての噂を思い出す。
「残虐無表情」「人の心がない」「敵対する国を容赦なく滅ぼした冷血漢」。
どれもこれも物騒なものばかり。
ポジティブな情報は一切ない。
「まあ、そういう相手だからこそ、私みたいなのが選ばれたのよね。」
彼女は小さくつぶやき、苦笑する。
まるで、自分自身を嘲るような笑いだった。
窓の外を見ると、空はますます暗く、雨が降り出しそうだった。
旅路は長いが、アリシアにとって心の晴れ間が訪れる気配はない。
馬車の中では、侍女長のエマが無表情で手荷物の整理をしている。
彼女の動きは機械的で、淡々としていた。
エマは長年アリシアに仕えているが、感情をあらわにすることはめったにない。
その静かな様子に、アリシアは何か言葉を投げかけたくなった。
いつものように軽口でも叩かなければ、この重苦しい空気に押しつぶされてしまいそうだった。
「ねえ、エマ。私が殺されそうになったらどうする?」
その冗談じみた問いに、エマは手を止め、冷静に答えた。
「さすがにそれは困りますので、皇帝陛下に直接お願いしてみます。」
「お願いしてみます、ね……。」
アリシアは肩をすくめて笑った。
エマらしい無感情な返答に、どこか救われた気がする。
「それで通じる相手ならいいけど!……ま、案外奇跡があるかもしれないわね。」
彼女はそう言いながら、つい吹き出しそうになるのをこらえた。
奇跡なんて、現実味がないとわかっている。
でも、少しでも未来に希望を持たなければ、この旅路はあまりにも長すぎる。
アリシアは目を閉じ、カイゼルについての噂を再び頭の中で整理してみる。
顔も知らない相手なのに、想像だけが膨らんでいく。
彼女はため息をつき、心の中で自分に言い聞かせた。
「大丈夫よ、アリシア。どうせ私は影みたいな存在なんだから。向こうでもきっと目立たず、ただの装飾品みたいに扱われるだけ。」
そう思うことで、不安をやり過ごそうとした。
しかし、心のどこかでは「特別だと思われたい」という小さな願いが消えずに残っていることに気付いていた。
曇り空の下、アリシアを乗せた馬車は静かに進む。まだ見ぬ運命の地――アルドラス帝国へと向かって。
あなたにおすすめの小説
小さくなった夫が可愛すぎて困ります
piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。
部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。
いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。
契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。
「おい、撫でまわすな!」
「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」
これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。
そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語
※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中
※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。
※他サイトにも投稿
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
試用期間の終わりに、伯爵様から永久雇用と指輪を渡されました
星乃和花
恋愛
植物が大好きな控えめ庭師見習いのリネットは、伯爵邸での試用期間を終える日、不安な気持ちで呼び出される。
けれど若き伯爵アルヴェインに告げられたのは、まさかの永久雇用。しかも“約束の証”として、美しい指輪まで渡されて――?
「君さえ望むなら、生涯ここにいていい」
控えめな自分が安心できるようにと考えられた、伯爵様の優しさの塊みたいな契約更新。
……だと、リネットは本気で思っていた。
一方の伯爵様は、至って真面目に求婚のつもり。
求婚が通じたと思っている伯爵様と、
超手厚い福利厚生だと思って感激している庭師見習いの、
甘くて可愛いすれ違いラブコメディ。
(完結済ー全8話)
皇太子殿下は、幼なじみに触れていないと落ち着かない
由香
ファンタジー
幼い頃から一緒に育った皇子は、なぜか距離が近すぎる。
後ろから抱きしめられ、手を取られ、頬に触れられるのが当たり前の日常。
やがて彼は皇太子となるが――その距離は変わらないどころか、むしろ深まっていき。
「触れていないと、落ち着かない」
公の場でも離してくれない彼の執着に、周囲は騒然。
けれどその腕の中は、どうしようもなく安心してしまう。
これは、幼なじみの距離のまま始まる、逃げ場のない溺愛の物語。
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。