【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい

文字の大きさ
32 / 57

(32)「過去の傷と心の絆」

しおりを挟む
ある日のこと、アリシアは心の中で決心した。

「ちょっとだけ、カイゼル様に話しかけてみよう。」

普段はあまり無理に会話を続けることはしない彼女が、ふと思い立ったのだ。

だって、カイゼル様の冷たい表情の裏に、何か隠れている気がしてならなかったから。

「ねえ、カイゼル様。」

アリシアは静かに声をかける。

自分でも驚くほど落ち着いて、無理なくその言葉が口をついて出た。

カイゼルは少し視線を横に向け、冷たく「何だ?」とだけ返す。

その目は、何かを考えているようで、どこか遠くを見ているようだった。

アリシアは一瞬、彼の心の中に触れられるかのような気がしたが、それでも意を決して話を続ける。

「私、ずっと人質として冷遇されてきたのよ。」

アリシアは少し言葉を選んで、つぶやくように話し始めた。

自分でも驚くほど素直に打ち明けていた。

カイゼルは無言で歩き続け、視線はわずかに彼女に注がれているようだった。

まるで彼女の言葉をひとつ残らず聞き逃すまいとするかのように。

「自国では、私を人質として嫁がせることで、帝国との関係を強化するっていう考えでね。」

アリシアは苦笑いを浮かべながら、その時のことを思い出した。

どこか切なさが込み上げてくる。

「でも、冷たい態度を取られるのが当たり前で、全然心を通わせてくれる人なんていなかったから。」

思わず肩をすくめて、懐かしさとともに苦笑する。

「…それで、お前はどうした?」

カイゼルが短く尋ねる。

普段の冷徹な口調とは少し違って、何か心配そうなニュアンスが滲んでいた。

「どうしたって、どうすることもできないでしょ。」

アリシアは笑って肩をすくめた。

 「そんな環境で育ったから、最初はあなたにも冷たくされるのが当たり前だと思ってた。でも、あなたがちょっと優しくしてくれるだけで、なんだかすごく嬉しいんだよ。」

照れくさくも、素直に言葉を並べてみる。

カイゼルはその言葉に何も返さず、ただ黙って歩き続ける。

ただ、その背中に少しだけ硬さがなくなったように感じた。

まるで、少しだけ楽になったかのように。

「冷たくされているうちに、自分が本当に誰かを信じられるのか、分からなくなっていたの。でもね、カイゼル様みたいに、少しでも気にかけてくれる人がいるだけで、心があったかくなる気がする。」

アリシアは少し震える声で続けた。

心の奥底から湧き上がる感情に、思わず言葉が止まらなくなる。

その瞬間、カイゼルがピタリと足を止めた。

アリシアもそれに合わせて立ち止まり、彼を見つめる。

カイゼルの目がじっとアリシアに向けられている。

その無表情の中に、ほんの少しだけ苦しみが滲んでいるように見えた。

「…俺も、お前と同じだ。」

カイゼルはゆっくりと、そして低い声で口を開く。

アリシアは驚いて、思わず彼の顔を見つめた。

「…え?」

「俺は…幼い頃、両親を殺された。」

カイゼルは言葉を選ぶことなく、続けた。

「臣下に裏切られて、命を落としたんだ。」

その言葉に、アリシアは驚きとショックで言葉を失った。

彼がこんな過去を持っていたなんて、全く予想していなかった。

心の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた。

「そんなことが…あったの?」

アリシアは思わず声を漏らす。その瞬間、自分の心がカイゼルの過去に触れたことを痛感した。

「それから、俺は…人を信じることができなくなった。」

カイゼルの声はほんの少し震えていた。

「人は裏切るものだと思っていたから。」

その言葉が、アリシアの胸に深く刺さった。

彼の孤独が、今までの冷徹な態度に繋がっていることにようやく気づいたのだ。

「それで、今でも誰も信じられないんですね?」

アリシアは静かに尋ねる。

カイゼルは一度黙って頷き、その目には過去の傷を抱えた痛々しい表情が浮かんでいる。

「ああ、そうだ。」

「でも、今は…お前のように、少しでも信じてくれる人がいると、違うのかもしれないと思う。」

カイゼルは顔を少しだけ赤らめ、視線を外す。

まるで自分が弱くなったことを恥じるように。

その一言に、アリシアの心が温かくなった。

彼が心を開こうとしている、その姿勢が嬉しかった。

過去の傷を抱えている彼が、少しずつ信じてくれていることを実感し、胸の奥がじんわりと温まる。

「カイゼル様…」

アリシアは少し言葉を選びながら、心を込めて続けた。

「私もあなたが少しずつ信じてくれること、すごく嬉しい。だって、あなたが本当はすごく優しい人だって、私は分かってるから。」

カイゼルはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、アリシアを見つめる。

その目には、少しだけ温かさが宿っているように見えた。

「…お前は、どうしてそんなに素直なんだ。」

カイゼルは苦笑いをし、少し肩をすくめる。

「だって、素直じゃないと、きっと疲れちゃうから。」

アリシアは明るく答える。

無理に気を使わず、素直に接することで、お互いの心がもっと近づいていくような気がしたから。

その瞬間、カイゼルはほんの少しだけ微笑んでから、歩き出した。

「お前、面倒だな。」

でもその言葉には、いつもの冷徹さとは違う、少しだけ優しさが含まれているように感じられた。

アリシアはその背中を見送りながら、胸の中で少しだけ高鳴る気持ちを感じていた。

カイゼルの心が少しずつ、彼女に開かれていくのを感じながら、どこかほっとした気持ちになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】契約結婚のはずが、旦那様の独占欲が強すぎます!

22時完結
恋愛
契約結婚のはずが、冷徹な旦那様の独占欲が強すぎて、毎日が予想外の展開に。 心優しい私は、彼の冷酷な態度に傷つきながらも次第にその愛に溺れていく。けれど、旦那様の過去の秘密と強すぎる愛情に、私はどう対処すればいいのか…?波乱万丈な日々の中で、二人の関係は一歩一歩進んでいく。果たして、彼の独占欲が私を束縛するのか、それとも二人で幸せな未来を築けるのか?

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...