【完結】初夜で「君を愛さない!」って言われたけど、なぜかイチャイチャが止まらない 〜不器用な秘密工作夫婦の、政略結婚から始まる溺愛家族計画〜

朝日みらい

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第3章 舞踏会での再会

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 その夜、王都は夜空に煌めく花火で彩られていました。

  帝国からの使節団を迎えるための、盛大な舞踏会です。

 わたしは、普段の王女付き侍女の制服ではなく、少し地味なメイド服を身につけていました。

もちろん、これは任務のためです。

  宰相からの密命は、「使節団の中に不穏な動きがないか探ること」。

  王族や高位貴族が集まる舞踏会では、わたしのような情報員が素性を隠して潜入するのが常でした。

 鏡の前で髪をまとめ、顔にわずかな化粧を施します。

  (さて、レオンハルトさまには、今夜は「王城での仕事が長引く」と伝えてきたけれど……)

  彼の不器用な心配顔を思い浮かべると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気がします。

  「心配しなくていいですからね、わたしは、どんなところでも無事に着地できますから」 

 鏡の中のわたしは、そう言って微笑みました。

 わたしの特技である【着地】は、どんな高所からでも、誰にも気づかれずに目指す場所に降り立つことができる、情報員としてはこの上なく便利な鳥人スキルです。

もちろん、今夜の舞踏会では、そんな大それたことをする予定はありませんが。

 王城の裏口からこっそりと潜入し、会場へと向かいます。 

 広間には、きらびやかなドレスを身につけた貴婦人たちや、勲章を下げた貴族たちが所狭しと並んでいました。 

 わたしは、メイドとして飲み物や軽食を運ぶふりをしながら、人々の会話に耳を傾けます。

 (帝国側の使節団は……大使の公爵と、その娘の伯爵令嬢、それに護衛の騎士団長か。噂では、皇女殿下もお忍びでいらっしゃるとか……)

 わたしは、そんな情報を頭の中で整理しながら、誰にも怪しまれないように、広間をゆっくりと移動します。 

 すると、ふと、わたしの視界に、見慣れた漆黒の短髪が映りました。 

 (……え、レオンハルトさま?)

 彼は、執事の制服によく似た、給仕の服を着ていました。

  まさか、こんな場所で会うなんて。

  わたしは、彼に気づかれないように、その場から離れようとしますが、運命とは皮肉なものです。

   その瞬間、わたしは、給仕が置いたばかりのグラスが並んだトレイに、うっかり足を踏み外してしまいました。 

 「あ!」 

 思わず声を上げると、トレイがガタガタと音を立て、グラスが床に落ちて割れる寸前でした。

 その時、すっと伸びてきた手がありました。 

 「……危ない」 

 彼は、そう言って、わたしの腕を掴みます。 

 彼の声は、周りの喧騒に紛れて、わたしにしか聞こえませんでしたが、わたしは、その声がレオンハルトさまだとすぐに分かりました。

 「……どうしてここに……?」 

 「それはこっちの台詞だ。君こそ、なぜメイドなんだ?」 

 彼の灰銀の瞳は、わたしを驚きと戸惑いの色で見つめていました。

  彼の不器用な表情を、思わず笑ってしまいます。 

 「フフッ。おやおや、まさか給仕にまでなってしまうとは、大変ですね」

  「君だって、侍女の仕事がそんなに多岐にわたるとは知らなかったぞ?」

  「ふふ、お互い様ですね」 

  わたしたちは、まるで声を潜めたまま、漫才のような会話を繰り広げます。

  周りの貴族たちは、わたしたちのやり取りに気づきません。

  彼は、わたしの腕を掴んだまま、わたしの顔をじっと見つめていました。

 「……君、メイド服も似合うな。普段より、少し幼く見える」

  彼の言葉に、わたしの胸は、なぜかどきりとしました。 

 「そ、そうですか? あなただって給仕の服がよくお似合いですわ。でも、もう少し笑顔の練習をされた方がよろしいかと。お客さまが怖がってしまいます」

  わたしがそう言うと、彼は「むぅ……」と唸り、少しだけ顔を赤らめます。

 「……それより、いったい何の用でここに来た」

  彼は、真剣な顔でわたしに尋ねました。

  わたしは、彼に真実を話すわけにはいきません。

 「それは、お仕事ですわ。あこそ、一体何の任務で?」

「……俺も、仕事だ」

 その時、わたしたちの近くを、一人の少女が通り過ぎていきました。

  彼女は、帝国側の使節団の列に加わっていて、金色のドレスを身につけています。

  (……あの少女、確かお忍びの皇女様……?)

  しかし、わたしには、その少女の顔に見覚えがありました。

  (おかしいわ。数年前、帝都の裏路地で、物乞いをしていた子にそっくり……)

 わたしがその少女をじっと見つめていると、レオンハルトさまも、その少女に視線を向けていました。

  「……あの子、目が怯えているな」

  彼の言葉に、わたしははっとしました。

  (そう、怯えている。まるで、どこかに連れて行かれるのを怖がっているように……)

 その瞬間、わたしたちの間に、ぴんと張り詰めた空気が流れます。

  わたしたちは、言葉を交わすことなく、互いに頷き合いました。

  「……分かるか」

  「はい」

  「今夜の任務は、変わった。皇女様が、狙われているかもしれない」

  彼の言葉に、わたしは小さく頷きました。

 「違うわ。あの娘は皇女様の身代わりよ」

 「何だって?」

 「……何かが変。この使節団もお忍びなんて、何かがおかしいわ」

   わたしたちは、互いの正体を明かすことなく、しかし、まるで昔からそうであったかのように、完璧なチームワークで、情報を共有し始めました。

  「わたしは、このまま給仕として、様子を探ります。あなたは、護衛のふりをして、あの少女の近くに……」

  「分かった」

 彼と別れ、わたしは再びメイドとして広間を移動します。 

 (まさか、こんな風に、夫と任務をすることになるなんて……)

  わたしは、胸の高鳴りを抑えられませんでした。

   しかし、その夜の任務は、まだ始まったばかりでした。

  帝国大使の男が、少女に何か耳打ちしているのを目撃した時、わたしは、ただならぬ陰謀の気配を感じたのです。
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