3 / 12
第3章 舞踏会での再会
しおりを挟む
その夜、王都は夜空に煌めく花火で彩られていました。
帝国からの使節団を迎えるための、盛大な舞踏会です。
わたしは、普段の王女付き侍女の制服ではなく、少し地味なメイド服を身につけていました。
もちろん、これは任務のためです。
宰相からの密命は、「使節団の中に不穏な動きがないか探ること」。
王族や高位貴族が集まる舞踏会では、わたしのような情報員が素性を隠して潜入するのが常でした。
鏡の前で髪をまとめ、顔にわずかな化粧を施します。
(さて、レオンハルトさまには、今夜は「王城での仕事が長引く」と伝えてきたけれど……)
彼の不器用な心配顔を思い浮かべると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気がします。
「心配しなくていいですからね、わたしは、どんなところでも無事に着地できますから」
鏡の中のわたしは、そう言って微笑みました。
わたしの特技である【着地】は、どんな高所からでも、誰にも気づかれずに目指す場所に降り立つことができる、情報員としてはこの上なく便利な鳥人スキルです。
もちろん、今夜の舞踏会では、そんな大それたことをする予定はありませんが。
王城の裏口からこっそりと潜入し、会場へと向かいます。
広間には、きらびやかなドレスを身につけた貴婦人たちや、勲章を下げた貴族たちが所狭しと並んでいました。
わたしは、メイドとして飲み物や軽食を運ぶふりをしながら、人々の会話に耳を傾けます。
(帝国側の使節団は……大使の公爵と、その娘の伯爵令嬢、それに護衛の騎士団長か。噂では、皇女殿下もお忍びでいらっしゃるとか……)
わたしは、そんな情報を頭の中で整理しながら、誰にも怪しまれないように、広間をゆっくりと移動します。
すると、ふと、わたしの視界に、見慣れた漆黒の短髪が映りました。
(……え、レオンハルトさま?)
彼は、執事の制服によく似た、給仕の服を着ていました。
まさか、こんな場所で会うなんて。
わたしは、彼に気づかれないように、その場から離れようとしますが、運命とは皮肉なものです。
その瞬間、わたしは、給仕が置いたばかりのグラスが並んだトレイに、うっかり足を踏み外してしまいました。
「あ!」
思わず声を上げると、トレイがガタガタと音を立て、グラスが床に落ちて割れる寸前でした。
その時、すっと伸びてきた手がありました。
「……危ない」
彼は、そう言って、わたしの腕を掴みます。
彼の声は、周りの喧騒に紛れて、わたしにしか聞こえませんでしたが、わたしは、その声がレオンハルトさまだとすぐに分かりました。
「……どうしてここに……?」
「それはこっちの台詞だ。君こそ、なぜメイドなんだ?」
彼の灰銀の瞳は、わたしを驚きと戸惑いの色で見つめていました。
彼の不器用な表情を、思わず笑ってしまいます。
「フフッ。おやおや、まさか給仕にまでなってしまうとは、大変ですね」
「君だって、侍女の仕事がそんなに多岐にわたるとは知らなかったぞ?」
「ふふ、お互い様ですね」
わたしたちは、まるで声を潜めたまま、漫才のような会話を繰り広げます。
周りの貴族たちは、わたしたちのやり取りに気づきません。
彼は、わたしの腕を掴んだまま、わたしの顔をじっと見つめていました。
「……君、メイド服も似合うな。普段より、少し幼く見える」
彼の言葉に、わたしの胸は、なぜかどきりとしました。
「そ、そうですか? あなただって給仕の服がよくお似合いですわ。でも、もう少し笑顔の練習をされた方がよろしいかと。お客さまが怖がってしまいます」
わたしがそう言うと、彼は「むぅ……」と唸り、少しだけ顔を赤らめます。
「……それより、いったい何の用でここに来た」
彼は、真剣な顔でわたしに尋ねました。
わたしは、彼に真実を話すわけにはいきません。
「それは、お仕事ですわ。あこそ、一体何の任務で?」
「……俺も、仕事だ」
その時、わたしたちの近くを、一人の少女が通り過ぎていきました。
彼女は、帝国側の使節団の列に加わっていて、金色のドレスを身につけています。
(……あの少女、確かお忍びの皇女様……?)
しかし、わたしには、その少女の顔に見覚えがありました。
(おかしいわ。数年前、帝都の裏路地で、物乞いをしていた子にそっくり……)
わたしがその少女をじっと見つめていると、レオンハルトさまも、その少女に視線を向けていました。
「……あの子、目が怯えているな」
彼の言葉に、わたしははっとしました。
(そう、怯えている。まるで、どこかに連れて行かれるのを怖がっているように……)
その瞬間、わたしたちの間に、ぴんと張り詰めた空気が流れます。
わたしたちは、言葉を交わすことなく、互いに頷き合いました。
「……分かるか」
「はい」
「今夜の任務は、変わった。皇女様が、狙われているかもしれない」
彼の言葉に、わたしは小さく頷きました。
「違うわ。あの娘は皇女様の身代わりよ」
「何だって?」
「……何かが変。この使節団もお忍びなんて、何かがおかしいわ」
わたしたちは、互いの正体を明かすことなく、しかし、まるで昔からそうであったかのように、完璧なチームワークで、情報を共有し始めました。
「わたしは、このまま給仕として、様子を探ります。あなたは、護衛のふりをして、あの少女の近くに……」
「分かった」
彼と別れ、わたしは再びメイドとして広間を移動します。
(まさか、こんな風に、夫と任務をすることになるなんて……)
わたしは、胸の高鳴りを抑えられませんでした。
しかし、その夜の任務は、まだ始まったばかりでした。
帝国大使の男が、少女に何か耳打ちしているのを目撃した時、わたしは、ただならぬ陰謀の気配を感じたのです。
帝国からの使節団を迎えるための、盛大な舞踏会です。
わたしは、普段の王女付き侍女の制服ではなく、少し地味なメイド服を身につけていました。
もちろん、これは任務のためです。
宰相からの密命は、「使節団の中に不穏な動きがないか探ること」。
王族や高位貴族が集まる舞踏会では、わたしのような情報員が素性を隠して潜入するのが常でした。
鏡の前で髪をまとめ、顔にわずかな化粧を施します。
(さて、レオンハルトさまには、今夜は「王城での仕事が長引く」と伝えてきたけれど……)
彼の不器用な心配顔を思い浮かべると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気がします。
「心配しなくていいですからね、わたしは、どんなところでも無事に着地できますから」
鏡の中のわたしは、そう言って微笑みました。
わたしの特技である【着地】は、どんな高所からでも、誰にも気づかれずに目指す場所に降り立つことができる、情報員としてはこの上なく便利な鳥人スキルです。
もちろん、今夜の舞踏会では、そんな大それたことをする予定はありませんが。
王城の裏口からこっそりと潜入し、会場へと向かいます。
広間には、きらびやかなドレスを身につけた貴婦人たちや、勲章を下げた貴族たちが所狭しと並んでいました。
わたしは、メイドとして飲み物や軽食を運ぶふりをしながら、人々の会話に耳を傾けます。
(帝国側の使節団は……大使の公爵と、その娘の伯爵令嬢、それに護衛の騎士団長か。噂では、皇女殿下もお忍びでいらっしゃるとか……)
わたしは、そんな情報を頭の中で整理しながら、誰にも怪しまれないように、広間をゆっくりと移動します。
すると、ふと、わたしの視界に、見慣れた漆黒の短髪が映りました。
(……え、レオンハルトさま?)
彼は、執事の制服によく似た、給仕の服を着ていました。
まさか、こんな場所で会うなんて。
わたしは、彼に気づかれないように、その場から離れようとしますが、運命とは皮肉なものです。
その瞬間、わたしは、給仕が置いたばかりのグラスが並んだトレイに、うっかり足を踏み外してしまいました。
「あ!」
思わず声を上げると、トレイがガタガタと音を立て、グラスが床に落ちて割れる寸前でした。
その時、すっと伸びてきた手がありました。
「……危ない」
彼は、そう言って、わたしの腕を掴みます。
彼の声は、周りの喧騒に紛れて、わたしにしか聞こえませんでしたが、わたしは、その声がレオンハルトさまだとすぐに分かりました。
「……どうしてここに……?」
「それはこっちの台詞だ。君こそ、なぜメイドなんだ?」
彼の灰銀の瞳は、わたしを驚きと戸惑いの色で見つめていました。
彼の不器用な表情を、思わず笑ってしまいます。
「フフッ。おやおや、まさか給仕にまでなってしまうとは、大変ですね」
「君だって、侍女の仕事がそんなに多岐にわたるとは知らなかったぞ?」
「ふふ、お互い様ですね」
わたしたちは、まるで声を潜めたまま、漫才のような会話を繰り広げます。
周りの貴族たちは、わたしたちのやり取りに気づきません。
彼は、わたしの腕を掴んだまま、わたしの顔をじっと見つめていました。
「……君、メイド服も似合うな。普段より、少し幼く見える」
彼の言葉に、わたしの胸は、なぜかどきりとしました。
「そ、そうですか? あなただって給仕の服がよくお似合いですわ。でも、もう少し笑顔の練習をされた方がよろしいかと。お客さまが怖がってしまいます」
わたしがそう言うと、彼は「むぅ……」と唸り、少しだけ顔を赤らめます。
「……それより、いったい何の用でここに来た」
彼は、真剣な顔でわたしに尋ねました。
わたしは、彼に真実を話すわけにはいきません。
「それは、お仕事ですわ。あこそ、一体何の任務で?」
「……俺も、仕事だ」
その時、わたしたちの近くを、一人の少女が通り過ぎていきました。
彼女は、帝国側の使節団の列に加わっていて、金色のドレスを身につけています。
(……あの少女、確かお忍びの皇女様……?)
しかし、わたしには、その少女の顔に見覚えがありました。
(おかしいわ。数年前、帝都の裏路地で、物乞いをしていた子にそっくり……)
わたしがその少女をじっと見つめていると、レオンハルトさまも、その少女に視線を向けていました。
「……あの子、目が怯えているな」
彼の言葉に、わたしははっとしました。
(そう、怯えている。まるで、どこかに連れて行かれるのを怖がっているように……)
その瞬間、わたしたちの間に、ぴんと張り詰めた空気が流れます。
わたしたちは、言葉を交わすことなく、互いに頷き合いました。
「……分かるか」
「はい」
「今夜の任務は、変わった。皇女様が、狙われているかもしれない」
彼の言葉に、わたしは小さく頷きました。
「違うわ。あの娘は皇女様の身代わりよ」
「何だって?」
「……何かが変。この使節団もお忍びなんて、何かがおかしいわ」
わたしたちは、互いの正体を明かすことなく、しかし、まるで昔からそうであったかのように、完璧なチームワークで、情報を共有し始めました。
「わたしは、このまま給仕として、様子を探ります。あなたは、護衛のふりをして、あの少女の近くに……」
「分かった」
彼と別れ、わたしは再びメイドとして広間を移動します。
(まさか、こんな風に、夫と任務をすることになるなんて……)
わたしは、胸の高鳴りを抑えられませんでした。
しかし、その夜の任務は、まだ始まったばかりでした。
帝国大使の男が、少女に何か耳打ちしているのを目撃した時、わたしは、ただならぬ陰謀の気配を感じたのです。
10
あなたにおすすめの小説
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
「出て行け!」と言われたのですから、本当に出て行ってあげます!
睡蓮
恋愛
アレス第一王子はイザベラとの婚約関係の中で、彼女の事を激しく束縛していた。それに対してイザベラが言葉を返したところ、アレスは「気に入らないなら出て行ってくれて構わない」と口にしてしまう。イザベラがそんな大それた行動をとることはないだろうと踏んでアレスはその言葉をかけたわけであったが、その日の夜にイザベラは本当に姿を消してしまう…。自分の行いを必死に隠しにかかるアレスであったが、それから間もなくこの一件は国王の耳にまで入ることとなり…。
『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました
皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけて自立したらどうだ?正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」
頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。
彼がチラリと見るのは周囲。2学年上の彼の教室の前であったというのが間違いだったのかもしれない。
この一言で彼女の人生は一変した――。
******
※タイトル少し変えました。
・暫く書いていなかったらかなり文体が変わってしまったので、書き直ししています。
・トラブル回避のため、完結まで感想欄は開きません。
精霊姫の追放
あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。
「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。
悪役令嬢は婚約破棄されてからが本番です~次期宰相殿下の溺愛が重すぎて困っています~
usako
恋愛
侯爵令嬢リリアナは、王太子から公衆の面前で婚約破棄を告げられる。
「あなたのような冷酷な女と結婚できない!」
そう断罪された瞬間――リリアナの人生は終わりを迎えるはずだった。
だが彼女は知っている。この展開が“破滅フラグ”だと。
生まれ変わりの記憶を持つ彼女は、今度こそ幸せを掴むと誓う。
ところが、彼女を拾ったのは冷徹と名高い次期宰相殿下シオン。
「君は俺の庇護下に入る。もう誰にも傷つけさせない」
傲慢な王太子にざまぁされ、愛しすぎる殿下から逃げられない――
運命に抗う令嬢と、彼女を手放せない男の甘く激しい恋の再生譚。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる