【完結】蒼月の魔女は二度と愛さないはずでした ―呪われた王太子と幽閉の塔―

朝日みらい

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第11章「呪いを越える愛」

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 ――どうして、こんなにも胸が苦しいのでしょうか。

 戦場の空気は血と鉄のにおいに満ちています。その冷たい空気の中で、わたしはただ一人、あの人の背を目で追っていました。

 ユリウス。

 あなたはまだ剣を振るっている。限界だと、あれほど言ったのに。呪いに蝕まれ、青白くなったその顔で、それでもあなたは人々を率い、立ち続けている。

 ――いつからでしたでしょう。

 わたしが、あなたを恐れるよりも、あなたを失うことを怖がるようになったのは。

 握りしめた杖に、力がこもります。

わたしは魔女。もう四百年ほど、この蒼月の加護と共に生きてきました。どこの国も、どんな権力者も、わたしを恐れることはあっても真に必要としたことなど、ガンダルス様以外、なかった。

 けれど――。

 「……セリーヌ!」

 名を呼ぶ声に、はっと目を上げます。そこにいたのは、土埃と血にまみれたユリウスでした。荒い息の合間から、それでもしっかりとわたしを見据えて。

「俺はまだ、立っている。お前の力を借りれば……必ず……!」

「あなたは本当に……っ!」

 思わず叫んでしまいました。悔しくて、愛しくて、胸が張り裂けそうで……。

「いつもそうなんです! ガンダルス様と同じ。無茶をして、勝手に自分を犠牲にしようとして!」

「違う」

 短く、それでも断固とした声で彼は遮りました。剣を構え直しながら、はっきりと言います。

「俺は、犠牲になるつもりなんかない。俺は生きる。君と……生きたいから」

 耳に残るその言葉に、全身が焼き尽くされそうになる。

 こんな混乱の戦場のただなかにあっても、わたしの心臓は彼の言葉ひとつできゅうと締めつけられ、声が震えてしまうのでした。

 その時でした。

 冷たい風とともに、影が姿を現しました。黒い衣をまとい、歪んだ笑みを浮かべる女。呪いの根源――「闇の魔女」。

「哀れな王太子。愛す者を求め、同じ過ちを繰り返す……愚か!」

 彼女の声に、背筋がぞわりと震えました。百年の記憶を呼び覚ます。愛した人を失った、あの夜を。呪いの鎖に何度も引き裂かれた痛みを。

「……もう、繰り返さない」

 わたしは杖を握り、眼差しを定めました。

「わたしは彼を守ります。たとえわたしが滅ぼされることになっても!」

「セリーヌ!」

 ユリウスの叫びが重なります。彼は迷いなくわたしの隣に立ち、剣を構えました。

「俺を信じろ。俺は君を一人になんて、絶対にしない」

 ――どうしてでしょう。

 この人の言葉だけは、どうしてこんなにも強く、胸に届いてしまうのか。


 ――戦いは苛烈を極めました。

 闇の魔女は呪詛を放ち、大地そのものを侵食する黒い炎が広がります。わたしは光の障壁を張り巡らせ、ユリウスはその隙を突いて剣を振るう。

「はあっ!」

 彼の剣が黒い糸を断ち切り、わたしの光がその闇を押し返す。まるで呼吸を合わせるように、互いの動きは重なりました。

「ちょ、ちょっと……やっぱり君、魔女なのに……剣の間合いに入りすぎだ!」

「だ、だって! あなたを守らなきゃ……っ!」

 数えきれない暴撃の嵐の中で、それでもほんの刹那、ふと笑い合ってしまったりする。息は切れて、全身は傷だらけで、それでも彼の隣にいると、怖さよりも温かさのほうが勝ってしまうのです。

「本当に君って……可愛いんだな」

「た、戦場で言うことじゃありません!」

「戦場だからこそだ」

 そう言って、目の前に迫る凶刃を斬り払う彼。その瞳の熱に、もう逃げられないと悟りました。

 最後の瞬間でした。

 闇の魔女が闇そのものへと溶け、巨大な手となって大地を覆い尽くそうとした時。わたしは魔力をすべて解き放ちました。

「ユリウス……!」

「セリーヌ!」

 二人の声が重なり、光と剣撃が混じり合う。

「君と生きたい!」

「わたしも……一人には戻りたくない!」

 その願いだけが、ふたりの全身を突き動かしていました。

 爆ぜる閃光とともに、呪いの根源は粉々に砕け散り、闇の魔女は霧散しました。

 気が付けば、ユリウスがわたしを抱きしめていました。強く、必死に。

「……終わった」

「ええ……」

 彼の胸の鼓動が、自分のものと重なって聞こえる。指先が震えて、頬に触れられた瞬間、涙が堰を切ったように溢れてしまいました。

「……どうして……どうしてあなたは、ここまで……」

「決まってるだろ」

 囁くように。けれど確固たる声で。

「俺は君を、愛し過ぎてる」

 ああ、もう、だめです。

 わたしは精一杯の勇気で、彼の胸に顔を埋めました。呪いを越えてもなお残るのは、ただ一つ、熱く切実な想いだけ。
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